アリア・レーベル第31弾
ARIA AR 0031 1CD-R\1700
ピエリーノ・ガンバ指揮&ロンドン交響楽団
ロッシーニ:序曲集
アリア・レーベル屈指の名盤になると思う。
折に触れて話しているのだが、店主はジュリアス・カッチェン(1926-1969)というピアニストが好きで、20世紀最大のピアニストはこの人ではないかと思うときさえある。
さて、そのカッチェン、重厚系の協奏曲録音を数多く残している。ベートーヴェン、モーツァルト、ブラームス、リスト、シューマン、グリーグ、チャイコフスキー、ラフマニノフ・・・。カッチェンは当時DECCAレーベルの花形として、レーベルの歴史に残るような超一流の録音をリリースし続けていたわけである。
当然共演する指揮者もすごい。モントゥー(1875-1964)、ボールト(1889-1983)、ショルティ(1912-1997)、アルヘンタ(1913-1958)、ミュンヒンガー(1915-1990)、ペーター・マーク(1919-2001)、ケルテス(1929-1973)、・・・。
彼らによって残されたそれらの録音は、当時日の出の勢いのDECCAレーベルが威信を賭けたようなまさに超一級のカタログとなった。
ところが・・・そのカタログの中心となるべきベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の伴奏は・・・あまり聞いたことのない指揮者なのである。
ピエロ(ピエリーノ)・ガンバ。
あまり・・・、というかまったく知らない人。
なのだが、この指揮者の伴奏が抜群。上にあげた超一流の指揮者たちに比べてまったく見劣りしない。いや、一番いいかもしれない。
ひょっとするとカッチェンとの相性がいいからご指名を受けていたのか??・・・そう思わせるほどガンバのオケはカッチェンのピアノと一体となって、優しさ、激しさ、厳しさ、切なさを盛り上げてくれる。
なんにしてもこれだけ繊細且つダイナミックで才能あふれる指揮者がただものであるはずがない。
何者かすぐに調べた。
そうしたらいきなり驚いた。
ガンバ、1936年生まれ・・・。
つまりカッチェンとの録音のとき、ガンバはわずか20歳!
ガンバ青年は20歳になるかならないかで華々しくDECCAデビューを果たし、いくつかのオーケストラ曲、そしてカッチェンとのレコーディングを残したわけである。
実はガンバ、元々神童音楽家として一世を風靡していた。8歳でベートーヴェンの交響曲第1番を完全にマスターし、10歳になる前にローマ歌劇場で公開演奏、ミラノ、チューリヒ、パリで演奏旅行。11歳でロンドン・デビューし、15歳のときにアメリカ・デビューを果たした。
おそらくそのいずれもが大好評だったのだろう。今のマスコミならおそらく「現代のモーツァルト」と評したに違いない。
いずれにしてもそんなガンバの評判、そしてそのたぐいまれな音楽性に目をつけたDECCAが、レーベルの未来をこの天才少年に託そうと考えても決して不思議ではない。
ところがその栄光の時間はあまり長くはなかった。
わずか2,3年でガンバのDECCA録音は途絶える。そしてその名を聞くこともなくなる。
ひょっとして夭折の指揮者か・・・
いや、そうではない。ガンバはその後カナダに移住し、ウィニペック交響楽団の音楽監督を務め、実は現在も教育活動を行っている。
ガンバ、今も生きているのである。
ただ、残念ながら録音活動はまったく行っておらず、大々的なコンサート・ツアーを行った形跡もなく、この天才指揮者はわれわれ日本人の音楽ファンからは完全に忘れられた。
今回ご紹介するのは、そんなガンバが残した協奏曲以外の貴重なオーケストラ録音。
冒頭の「泥棒かささぎ」序曲の冒頭2分であなたもきっとこう思うだろう。
「・・・天才・・・」。
ロッシーニの優雅さ、軽妙さ、しなやかさ、楽しさ、切なさ、激しさ、そして一瞬よぎる闇。ガンバ、こうしたものをほとばしるような才能ですべて表現しつくす。なんの無理も作為もなく。極めて自然に。
きっと全身が音楽に満ち溢れているのである。聴いていて音楽が次々あふれ出し零れ落ちてくる。こんな芳醇な音楽体験はそうできない。
ガンバが果たしていかなる理由でDECCAを去ることになったかは分からない。誰かの逆鱗に触れたか、コマーシャリズムに嫌気がさしたか・・・何を調べても出てこない。しかしこうしてアリア・レーベルで彼の演奏を紹介できたことは本当に嬉しく思う。
そう、付け加えなければならないことがある。それは、この上質な録音。
深みがあり滑らかでつややか。そして優しい。これぞ当時最高の水準にあったDECCAの録音。身震いするほど美しい。
この高音質の音楽を、今回ARDMOREも水を得た魚のように豊かに見事に復刻してくれた。アリア・レーベル開始以来、一回のリマスタリングでOKを出したのはこれが初めて。ARDMORE、渾身の復刻と言っていい。
アリア・レーベル屈指の名盤となると思う。
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