【店主駄文】
HP『ゆらむぼの部屋』での飄々としたクラシックCD評が人気だったホームページ“ゆらむぼの部屋”。作者はプロの評論家ではなかったが、「独特の洞察力」とでも言ったらいいのか・・・、常にユーモアと厳しさと愛情、その3点セットを武器に並み居る名盤を斬っていく。その様はまさに痛快だった。
その“ゆらむぼ”こと由良博英氏が亡くなったと聞いたのはいつだったろう。ちょうど1年前か。会員の方から教えていただいた。
由良氏はアリアの会員でもあったので何度かメールでのやりとりもさせていただき、中にはCDのことから離れたバカ話もあったような気がする。日常でもやはりユーモアと愛情にあふれる人で、でもときにギラリと厳しいことを書いてくる、あのホームページのままの人だったことを覚えている。
その由良氏が亡くなったと聞いて初めは何が起きたか良く理解できなかったが、ホームページにご家族の方のコメントが掲載されようやく事実と認識した。現実の、ある部分が切り取られたような、哀しい思いをした。当たり前だが、その後「ゆらむぼ」のクラシック評が追記されることはなかった。
しかしその突然の死から一年、家族の人たちの手によって「ゆらむぼ」氏の文章が2冊の本として蘇った。1年前のときもそうした計画があるとは聞いていたが、今回ついに発刊されたのである。ご家族の方の熱い思いとともに、ホームページの熱烈なファンの人たちのさまざまな応援があったに違いない。今回もこの本が出版されたことを複数の会員の方から教えていただいた。本当に愛されていたのである。あの飄々とした、きわめて切れ味鋭い「音楽話」がこうして「形」として残って、本当によかった。
それではこの本の紹介のホームページから、いま読んだら極めて暗示的で思わず胸が締め付けられた一篇を。
●No.466 テレンス・ジャッドのリスト:ロ短調ソナタ。
(2002/11/02)
「太宰や芥川が若くして亡くなったのに、常から夭逝の美学を謳うあなたは、こうして生き長らえている」三島由紀夫に、若干の揶揄を含ませたそんな旨のことを、ある対談のなかで学生が述べていたのを、読んだことがあります。それに対して、三島が何とこたえたか私は忘れてしまいましたが、このあと昭和
44年(1969年)、44歳のとき、三島は割腹して果てます。大義のための死であったろうけれども、同時にまた文壇に遺したものとの「対照の美の完遂」としてもあったものかもしれません。
「夭逝」という語には、いたく「芸術心」をくすぐるものがあるようです。私のむかしの同僚の国語科の教員が、「ボク、絶対、早死にすると思うなあ」と、明るい声で言うので、「○○くん、何も書いてへんやないか!」と苦笑したことを、懐かしく思い出します。しかし、そういう私にも「夭逝」に魅せられた時期があった。いえ、誤解を招く表現ですね。「夭逝」した芸術家の遺したものに、惹かれたころがありました。カンテルリ、カペル、ヌヴー(すべて、飛行機墜落事故ですね)などを、よく聴きましたよ。
イギリスのピアニスト、テレンス・ジャッド(Terence
Judd 1957-1979)も、そうしたなかのひとりでした。このひとについては、10年まえにも私は書いたことがあります。いま読み返すと、衒気くさい、また青くさい文章ですわ。国際的なコンクールで入賞、抜群の才覚を高く評価され、前途に活動の場の開けているところに、突然、22歳という若さで自らの生を閉じてしまった。そのジャッドの少ない録音のなかから、リストのロ短調ソナタを含むものが、最近になってCD化されました。
硬質なタッチ、緻密な造形・・・演奏について感想を書くのは、10年まえの反復になるので、端折ります。若い優れた才能が、その飛翔する美しい形として留められる。ジャッドの年の倍、三島の年を超えても、私は生をつづけるでしょう。そうして、いまのこの覚え書を、また恥ずかしく読み返しているかもしれません・・・。才気なくいたずらに馬齢を重ねる、そういう者の妬みに聞こえたでしょうか? いいえ、彼らの遺した音楽を長くこれからも楽しめる生の与えられていることに、私は感謝しているのです。
(http://music.geocities.jp/yuracome/index.html より)
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