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世界の片隅で、今週も誰かが一枚のCDに耳を止めている。
その小さな「偶然の重なり」を、世界100の観測点から拾いました。


ARIA CLASSICAL 100

世界クラシック定点観測100

今週、世界から浮かび上がってきた3枚
第4回 

 

 世界のクラシック音楽界を、毎週100の地点から眺めてみる。

 評論誌、新聞、放送局、ショップ、音楽サイト……。
 そこで今、何が話題になっているのか。
 何が高く評価され、何が議論を呼んでいるのか。

 第4回となる今回、面白いことが起きた。

 選ばれた3枚は、最初からテーマを決めて集めたものではない。

 ところが並べてみると、そこには驚くほどはっきりとした一本の線が見えてきた。

 過去は、いまどう鳴り直されるのか。

 マーラーの時代へ戻ろうとする演奏。

 ガーシュウィンを現代へ連れ出す演奏。

 そして、ハイフェッツという巨人を見つめながら、まったくハイフェッツとは違う自分自身になろうとする演奏。

 今回はそんな3枚である。




今回の3タイトル




その1 ★世界的話題盤
フィリップ・フォン・シュタイネッカー
マーラー:交響曲第5番
ALPHA 1257


ALPHA1257
\3200→\2990
作曲当時の楽器と演奏習慣による、マーラー交響曲第5番
 フィリップ・フォン・シュタイネッカー(指揮)&マーラー・アカデミー管弦楽団


 グスタフ・マーラー(1860-1911):
  交響曲 第5番 嬰ハ短調 (1902/1904-11)(ピリオド楽器による)
   第1部
    1. I. 葬送行進曲
     In gemessenem Schritt Streng. Wie ein Kondukt
    2. II. Sturmisch bewegt. Mit groBter Vehemenz
   第2部
    3. III. スケルツォ Kraftig, nicht zu schnell
   第3部
    4. IV. Adagietto. Sehr langsam
    5. V. ロンド - フィナーレ Allegro -
     Allegro giocoso. Frisch
マーラー・アカデミー管弦楽団
フィリップ・フォン・シュタイネッカー(指揮)
NYCX 10608
(国内仕様盤・日本語解説付)
\3850

 録音: 2024年9月8-10日 イタリア、トーブラッハ文化センター
 収録時間: 70分



 これは今回、世界を巡回して見つけたアルバムではない。

 むしろ逆だった。

 少し前、店主がこの演奏を聴いて、スタッフにこう言った。

「これ、すごいな。これって騒がれてないのか?? ぜったい騒がれるぞ」

 その時点はまだ全然騒がれてなかった。
 しかしあれから数週間・・・
世界を見てみると――。

 本当に騒がれ始めていた。
 というかめちゃめちゃ騒がれていた。


 さて、このアルバム。
 シュタイネッカー率いるマーラー・アカデミー管弦楽団が、マーラーの時代の楽器、奏法、響きを徹底的に研究してこの第5番に挑んでいる。

 ガット弦。
 抑制されたヴィブラート。
 当時の金管、木管。
 ポルタメント。
 テンポやフレージングについても、現在われわれが普通に耳にしている「マーラー演奏」をいったん白紙に戻して考え直している。


 それがまあ面白い。

 オーストリアORFは、この演奏の響きを強烈な色彩感を持つものとして高く評価。

 オランダのOpusKlassiekでは、透明な響きによって内声や対位法がこれまで以上にはっきり聞こえ、マーラーが第5番を書く以前にバッハや対位法を研究していたことまで耳で感じられる、と評価する評論が出た。

 ところが同じOpusKlassiekの別の評論家は、歴史的正確さと細部を追求するあまり、作品全体を貫く巨大な緊張が弱くなったのではないか、と疑問を投げかけている。

 さらにThe Classic Reviewも、研究成果と演奏技術そのものは認めながら、マーラーに必要な「危うさ」「狂気」「悲痛」が足りないのではないか、とかなり厳しい。

 演奏も面白いが批評も面白い。

 つまりこの演奏をめぐって、世界では議論が沸騰しているのである。

 歴史的楽器によって、マーラー本来の姿が鮮明になったのか。

 それとも、

 歴史的な「正しさ」を追うあまり、マーラーの狂気を失ってしまったのか。

 まあいろいろ言われている。

 しかし店主としては、最初に聴いたときの印象は今も変わらない。

 これ、すごいな。






■世界では――

ORF O1(オーストリア)/8月11日

 「マーラーの第5番を、その時代の響きで」と題して大きく紹介。第9番に続く今回の第5番についても「同様に説得力があり、刺激的」と高く評価しています。
 ガット弦、当時型の管楽器などから生まれる響きを「魅惑的で強烈な色彩の混合」とし、とりわけアダージェットの飾り気のない素朴な表現を感動的と評しています。



OpusKlassiek(オランダ)/8月

 これが面白い。同じサイトで、二人の評論家がそれぞれ論じています。

 一人は、歴史的楽器そのもの以上に、シュタイネッカーの「作品全体の建築を捉える力」とマーラーへの親和性を評価。透明な響きによって中声部や対位法が明瞭になり、マーラーがこの作品以前にバッハや対位法を研究していたことまで耳で感じられる、としています。

 ところがもう一人は、細部や歴史的正確さを追求するあまり、作品全体を貫く巨大な緊張の弧が弱くなったのではないか、と疑問を呈しています。

 同じ媒体の中ですでに意見が割れている(笑)。
 いかにもこの録音らしい。


BBC Radio 3《Record Review》(英国)/9月5日

 なんとRecord of the Weekに選出。

The Classic Review/9月7日

 こちらはかなり厳しい。

 マーラーの時代の楽器や奏法を徹底的に研究したこと自体は認めながら、「それによって、より真正なマーラーになる」という考えには懐疑的。

 特に前半では、テンシュテットやバーンスタインなどに感じられる危うさや激しさが不足していると批判しています。

 ただし終楽章になると評価は一変。
 とくにコーダについては、この演奏でもっとも説得力があり、聴衆を立ち上がらせるほどの力がある、としています。

 つまり――

 「マーラー本来の姿が蘇った!」

 という人と、

 「歴史的に正しくした結果、マーラーの狂気が薄れたのでは?」

 という人がいる。

 なんにしてもやっぱり、騒がれていました。
 みなさんはどう思われるでしょう。













その2 ★アリアCD発掘盤
リュカ・ドゥバルグ
《Gershwin Variations》



19958404642
(2CD)
\3900→\3690
ガーシュウィンを「弾く」だけでは終わらない――
 ドゥバルグが作曲家として真正面から挑んだ野心作。
  《ラプソディ・イン・ブルー》から自作の超絶技巧練習曲まで、驚異の2枚組!

ガーシュウィン・ヴァリエーションズ

Disc1
 ガーシュウィン:
  1. 3つの前奏曲~第1番変ロ長調:アレグロ・ベン・リトマート・エ・デチーゾ
  2. ピアノ協奏曲ヘ調
  3. 3つの前奏曲~第2番:アンダンテ・コン・モート・エ・ポコ・ルバート
  4. ラプソディ・イン・ブルー(カデンツァ:リュカ・ドゥバルグ)
  5. 3つの前奏曲~第3番:アレグロ・ベン・リトマート・エ・デチーゾ

Disc2
 ドゥバルグ:ガーシュウィンの歌曲による12の超絶技巧練習曲
 1. エンブレイサブル・ユー:ルンバ in E
 2. ファシネイティング・リズム(魅惑のリズム):ワルツ in A
 3. サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー in D : パヴァーヌ
 4. サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー in D : ガイヤルド
 5. イット・エイント・ネセサリリー・ソー in G:ファンタジー
 6. イット・エイント・ネセサリリー・ソー in G:シャコンヌ
 7. イット・エイント・ネセサリリー・ソー in G:フーガ
 8. ライザ:『ガヴォットとドゥーブル』 in C
 9. バット・ノット・フォー・ミー in F:プレリュード
 10. バット・ノット・フォー・ミー in F:ペルペトゥウム・モビレ(無窮動)
 11. 愛するポーギー:アダージョ・デカデント in B-Flat
 12. ザ・マン・アイ・ラヴ(私の彼氏):ミラージュ in E-Flat
 13. 誰にも奪えぬこの想い:ロマンス in A-Flat
 14. アイ・ガット・リズム(アイ・リアリー・ガット・リズム!):ブーン・バップ in D-Flat:パート1
 15. アイ・ガット・リズム(アイ・リアリー・ガット・リズム!):ブーン・バップ in D-Flat:パート2
 16. アイ・ガット・リズム(アイ・リアリー・ガット・リズム!):ブーン・バップ in D-Flat:パート3
 17. レディ・ビー・グッド:ベルスーズ in F-Sharp

 18. サマータイム:ガーシュウィンの主題による20の演奏会用変奏曲とフィナーレ in B
リュカ・ドゥバルグ(ピアノ)
パリ管弦楽団(2,4)
エリム・チャン(指揮:2,4)
  録音:2025年、フィラルモニ・ド・パリ(Disc1)、ポレロ・スタジオ(Disc2)




 そして2枚目は、逆の意味で「定点観測100」らしいアルバムだった。

 日本では今月末発売予定。

 この原稿を書いている時点ではアリアCDでもまだ正式には紹介していなかった。
 この原稿の発表と同じ日に紹介されるはず。

 ところが世界へ目を向けると――

 海外ではすでに9月11日に発売されていた。

 しかも発売された瞬間から、評論が動き始めている。

 英国Guardianはいきなり★★★★★。

 フランス、ドイツでも非常に高い評価が相次いでいる。

 日本ではまだ「これから出る新譜」なのに、世界ではすでに聴かれ、論じられ、評価され始めているのである。


 それにしても内容がとんでもない。

 《ラプソディ・イン・ブルー》やピアノ協奏曲を演奏するだけではない。

 ドゥバルグ自身がガーシュウィンの歌曲を素材にして、12曲のエチュードを作ってしまった。

 《Embraceable You》がルンバになり、《Fascinating Rhythm》が別の顔を見せ、《It Ain't Necessarily So》ではバッハまで顔を出す。

 最後の《Summertime》には20もの変奏。

 一歩間違えれば、凝りすぎた知的遊戯になりかねない。やりすぎて聴いてるほうが引いてしまいかねない。

 ところが実際に聴いてみると、そんな理屈はどこかへ飛んでしまう。

 斬新で、フレッシュで、鮮やか。

 そして何より、思った。

 これはみんな好きになる!

 フランスの評論では、この演奏を「100年を隔てた共同創作」と捉えるものがあった。

 まさにその通りだと思う。

 ドゥバルグはガーシュウィンを博物館に飾らない。

 逆に壊すわけでもない。

 敬意を払いながら、自分自身の創造力を注ぎ込み、2026年の音楽としてもう一度生き返らせてしまう。

 過去を保存するのではない。

 過去と一緒に、もう一度新しい音楽を作る。

 今回の3枚の中でも、もっとも鮮やかに「過去と現在」が手を取り合ったアルバムかもしれない。


 それにしても、この男、化けるかも。








■世界では――


Classykeo(フランス)/9月5日

 海外発売より一足早くレビューが登場。

 《ラプソディ・イン・ブルー》でドゥバルグ自身のカデンツァを加えた試みを、

 「100年を隔てた共同創作」

 と表現しています。

 作曲者への敬意と演奏家自身の独立性は対立するものではなく、ここでは両者が協力している、と。

 さらにガーシュウィン歌曲による12のエチュードについては、技巧と遊び心、さらにかなり大胆なパロディ精神まで評価。

 そして最後には、ガーシュウィンへのオマージュを通して、

 「もう一人の作曲家=リュカ・ドゥバルグ自身が現れる」

 というところまで踏み込んでいます。



The Guardian(英国)/9月11日

 海外発売日当日。

 いきなり★★★★★。

 《ラプソディ・イン・ブルー》は柔軟で個性的、ピアノ協奏曲ではドゥバルグ自身のジャズ経験が生き、エリム・チャン&パリ管との演奏にはアンドレ・プレヴィンを思わせるほどのスリリングさがある、と評価。

 そして12のエチュードを、単なる面白い編曲ではなく、それぞれ独立した作品として成立していると絶讃。

 《Embraceable You》はルンバ、《Fascinating Rhythm》はパリ風ワルツ、《It Ain't Necessarily So》にはバッハまで出てくる。

 それでも奇をてらった感じにならず、全体を「freshness and flair」――新鮮さと鮮やかな才能に満ちたアルバムとして評価しています。

Telerama(フランス)/9月11日

 こちらも発売日に登場。

 クラシックとジャズの間を自由に行き来するこの2枚組を高く評価し、

 音楽をジャンルごとの箱に閉じ込めることの無意味さを、これほど楽しく証明したアルバムもない――という趣旨で紹介しています。

 現在、日本ではまだ今月末発売予定。

 ところが世界ではすでに発売され、発売前から評論が出始め、発売当日には英国とフランスで一斉に反応が起きていた。

 今回のアルバムは日本で話題になるのを待って見つけたわけではない。

 世界を歩いていたら、すでに向こうで何かが始まっていた。

 これぞ定点観測100。















その3 ★マニア注目盤
マリア・ドゥエニャス
《Homage to Heifetz》




4867487
(CD)
\3400→\3090
〔デジパック仕様〕
マリア・ドゥエニャス~ハイフェッツに捧ぐ
 ドゥダメル&シモン・ボリバル響との
  「スペイン交響曲」&コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲


 1-5) ラロ:スペイン交響曲Op.21、
 6-8) コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35、

 ドビュッシー:
 9) 亜麻色の髪の乙女(『前奏曲集』第1巻より)(M.シュピンドラー編)、
 10) レントより遅く(L.ロケス編)、11) 髪(『ビリティスの歌』より)(J.ハイフェッツ編)、
 12) ポンセ:エストレリータ(J.ハイフェッツ編)

  【録音】2025年8月、ロンドン、アビー・ロード・スタジオ(1-9)、2025年11月、ベルリン、b-sharp(10-12)
 
マリア・ドゥエニャス(ヴァイオリン)、
イタマール・ゴラン(ピアノ)(10-12)、
グスターボ・ドゥダメル(指揮)
シモン・ボリバル交響楽団(1-9)




 そして3枚目。

 これは少し説明しておかなければならない。

 マリア・ドゥエニャスは、アリアCD店主が以前から絶讃してきたヴァイオリニストである。

 デビュー盤を紹介したときには、絶賛の限りを尽くして

「数年に一度の名盤」

 とまで書いた。(「いま聴く!クラシック新名盤」(青弓社) P.136)

 しかし今回ここで取り上げたのは、だからではない。

 何度も言うが、この「世界クラシック定点観測100」は、最初に好きな演奏家を決めて、その人の評判を探しに行く企画ではない。店主のオススメCDを紹介するところではない。

 世界を100地点から眺め、

今、何が自然に浮かび上がってくるのか。

 それを見る企画である。

 その網に、今回は純粋に、たまたま、ドゥエニャスが引っかかってきたのである。

 しかも世界の評価が面白い。

 絶讃する人は、ハイフェッツの時代を思わせるような濃厚なヴィブラート、ポルタメント、歌い回しに感激し、

「黄金時代のヴァイオリンが蘇った」

 というような受け止め方をする。

 一方では、

ヴィブラートもポルタメントもやりすぎではないか。

と反発する評論もある。

 これほど評価が割れること自体、すでにこの演奏が強烈な個性を持っている証拠なのだろう。

 で、その演奏は実際どうなのかというと・・・


 これはすごい。

 特にラロ。

 彼女の体臭を強く感じさせる演奏。

 こんなに演奏家その人の人間性を感じさせるヴァイオリンは珍しい。

 しかしこれではハイフェッツとは全然違うではないか。なんで「ハイフェッツに捧ぐ」なんだ??

 一瞬、そう思った。

 ところが調べてみると、ドゥエニャスは今回のアルバムを作るために突然ハイフェッツを持ち出したわけではなかった。

 17歳の頃から、ハイフェッツとオイストラフを自分に大きな影響を与えたヴァイオリニストとして挙げている。

 さらにデビュー盤の頃にも同じことを語っている。

 彼女が、尊敬するハイフェッツから受け取ったものは、

「ハイフェッツのように弾くこと」

ではなかった。

 一音聴いただけで「あ、この人だ」と分かる。
 ハイフェッツのように、誰にも似ていない音を持つ。

 そういうヴァイオリニストになりたかったのだ。

 彼女自身も、

「これはマリア・ドゥエニャスだ、と分かってもらえるような音を持ちたい」

という趣旨のことを語っている。

 そこで突然、すべてが腑に落ちた。

ハイフェッツになろうとしたんじゃない。

ハイフェッツがなろうとしたものと、同じものになろうとしたんだ。

 誰にも似ていない演奏家。

 自分だけの音を持つ演奏家。

 だから《Homage to Heifetz》なのに、最後に聴こえてくるのはハイフェッツではない。

 マリア・ドゥエニャスその人なのである。
 むんむんとむせかえるドゥエニャスの体臭なのである。

 それこそが、彼女なりの最大のハイフェッツへのオマージュなのかもしれない。


 そして、これをいう場ではないことは百も承知だが・・・あえて店主個人の評価を言えば――

 もちろん超特選。






■世界では――


Presto Music(英国)/8月28日

 発売日にいきなりRecording of the Week。

 そして重要なのは、「ハイフェッツのコピーではない」とはっきり評価していること。

 ハイフェッツにあった自由さ、自発性、炎のようなものを受け継ぎながら、解釈そのものは完全にドゥエニャス自身。

 豊かで魅惑的な音色、目もくらむほど正確な技巧を高く評価しています。


BBC Radio 3《Record Review》(英国)/8月29日

 翌日にはこちらもRecord of the Week。

 発売からわずか2日で、英国の二つの大きなクラシック情報源から強い反応が重なりました。


Angel Carrascosa(スペイン)/8月28日

 ところが母国スペインには、猛烈に怒っている評論家もいた(笑)。

 技術と美しい音そのものは認めながら、とくにラロについて、

 ヴィブラートとポルタメントが多すぎる。

 と痛烈に批判。

 最近のドゥエニャスは音楽的に良くない方向へ進んでいるのではないか、とまで書き、今回のアルバムを彼女から聴いた中でも特に失望したものの一つ、としています。

 厳しい!まあそういう人もいるだろう。いいじゃないですか。

The Objective(スペイン)/9月13日

 ところが同じスペインから今度は正反対の声。

 ドゥエニャスが古典的作品に「新しい樹液を注ぎ込んだ」と絶讃しています。

 特にラロについては、その激しい生命力、官能性、スペイン的な血の通った表現を高く評価。

 ハイフェッツとの比較まで行ったうえで、ラロではドゥエニャスの個性が非常に強い説得力を持つ、と論じています。


The Classic Review/9月16日

 そして、なんと今日。

 ここでもこのアルバムが取り上げられました。

 ドゥエニャスがハイフェッツの「魂と炎」から影響を受けてきたことに触れ、とくにラロの外向的で情熱的な表現を高く評価。

 繊細な場面では音色を自在に変え、終楽章の複雑な技巧も明晰に処理しているとして、最終的には「心のこもったオマージュにふさわしい第一級の演奏」と評価しています。


 面白いでしょう。

 「黄金時代のヴァイオリンが蘇った!」

 という人がいれば、

 「ヴィブラートとポルタメント、やりすぎ!」

 と怒っている人もいる。

 しかし、どちらもこの演奏を「無個性」とは言っていない。

 むしろみんな、

 マリア・ドゥエニャスの強烈な個性

 に反応しているのである。

 世界がこれだけ語りたくなる演奏なわけです。














 第4回を終えて。




 こうして3枚を並べてみる。

 シュタイネッカーは、マーラーの時代へ戻ることによって、われわれが知っているマーラーを問い直した。

 ドゥバルグは、ガーシュウィンを現在へ引っ張り出し、自分自身の創造力と混ぜ合わせた。

 ドゥエニャスは、ハイフェッツの奏法を真似るのではなく、ハイフェッツが持っていた「誰にも似ない」という精神を受け継いだ。

過去を復元する。

過去を再創造する。

過去の精神を継承する。

 まったく違う3枚。

 しかし3枚とも、過去を過去のままにはしていない。

 だからクラシック音楽は面白い。

 100年前、120年前に書かれた作品が、
 いま生きている演奏家と出会った瞬間、

また新しい音楽になる。

 今回の世界クラシック定点観測100。

 そんなことを強く感じさせる3枚だった。


 来週はどんな3枚に出会えるんだろう。





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新店内のほかのページのお買い物がありましたら、そちらもすませ、最後に「注文フォームへ」ボタンを押して注文フォームで注文を確定してください。
(チェック内容を変更したら、必ずもう一度「かごに入れる」ボタンをクリックしてください。変更内容がかごに反映されませんので)


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