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世界の片隅で、今週も誰かが一枚のCDに耳を止めている。
その小さな「偶然の重なり」を、世界100の観測点から拾いました。


ARIA CLASSICAL 100

世界クラシック定点観測100

今週、世界から浮かび上がってきた3枚
第5回 

 
  「なぜ世界のクラシック好きたちは、今週この盤に反応したのか。」

 世界各国のクラシック専門誌、評論サイト、CDショップ、個人ブログなど、約100の観測候補を巡回して、そこで起きている小さな反応の重なりを拾う「世界クラシック定点観測100」。
 今週も世界を歩いていたら、3枚が浮かび上がってきた。


★世界的話題盤
   各国の異なる媒体で、同じ時期に強い反応が重なった1枚

★アリアCD発掘盤
   100地点を見て回ったからこそ出会えた、店主として特に気になった1枚

★マニア注目盤
   専門誌や濃い評論家たちの間で、静かに評価が連鎖している1枚



 今回は、ちょっと激しい。

 なぜなら世界の評論を読んでいると、

「切迫感」
「生々しいエネルギー」
「燃え上がるような激しさ」
「圧倒的な声の力」
「座席に押し戻されるような衝撃」

 ……そんな言葉がやたら出てくるのである。

 どうしたんだ、今週。

 3枚とも実際に聴いてみた。

 すると確かに、これはおとなしく聴いていられる3枚ではなかった。


 今週のキーワードは、

すさまじさ。

 評論家たちは何を聴き取ったのか。

 そして店主はどう聴いたのか。

 今回はそこを見ていきたい。




今回の3タイトル

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

その1 ★アリアCD発掘盤

Opus13

メンデルスゾーン&グリーグ:弦楽四重奏曲




ALPHA1267
\3300
Opus13
メンデルスゾーン&グリーグ:弦楽四重奏曲

 フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847):
  1-4. 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 Op. 13
 エドヴァルド・グリーグ(1843-1907):
  5-8. 弦楽四重奏曲 第1番 ト短調 Op. 27
  9. ソルヴェイグの歌(Opus13編曲) ~
   『ペール・ギュント』 Op. 23
Opus13
 園子・ミリアム・ヴェルデ、
 エドヴァルド・アールダル(ヴァイオリン)
 アルビン・ウーシヤルヴィ(ヴィオラ)
 ダニエル・トレル (チェロ)

 録音: 2026年1月 ノルウェー、リレハンメル教会
 収録時間: 67分

 世界が注目する新星Opus13、原点のメンデルスゾーンとグリーグの佳作を携えてデビュー!

 


 まず、ノルウェー=スウェーデンの若き弦楽四重奏団「Opus13」。

 これは9月18日に発売された彼らのデビュー・アルバム。


 「Opus13」とはまた変わった団体名である。

 しかし実力はホンモノ。
 2025年にはウィグモア・ホールとボルドー、二つの国際弦楽四重奏コンクールで第1位。2026年にはBBC New Generation Artistsにも選ばれた。


 さて、このアルバム。

 まだ発売されたばかりなので、世界中の評論が出揃っているわけではない。

 しかしすでに面白いことが起きている。

■The Guardian(英国)/9月17日

 発売前日に早くも本格レビューを掲載し、★★★★。

 このレビューで目立つのが、

「urgency=切迫感」

 である。

 メンデルスゾーンの第1楽章を、走り出したら止まらないような緊迫したアレグロとして評価。

 一方、グリーグでは、何度も繰り返される音型を単調にせず、それを逆に推進力に変えている、と指摘している。

 さらに第3楽章では北欧の民族ヴァイオリンを思わせる味わいを感じ取り、

熱狂的なのにエレガント。

 そんな相反する性格を併せ持つ演奏として高く評価している。

■Thoroughly Good(英国)/9月21日

 こちらも面白い。

 まずメンデルスゾーンについて、

生々しく、切迫した響き。

 とする。

 そしてグリーグになると、さらに言葉が激しくなる。

「tumult」「tempestuous」「tender」――

 つまり、

騒然。嵐。そして優しさ。

 その間を一気に行き来する演奏だというのである。

 さらに終楽章では、非常に鋭いアーティキュレーションによって、たった4人の演奏なのに音楽がもっと巨大なスケールへ膨らんでいく、と評価している。

 これは面白い。

Guardianは「切迫感」「推進力」。

Thoroughly Goodは「生々しさ」「嵐」「巨大なスケール」。

 別々の評論家が、かなり近いところを聴いている。

 さらに少し時間を遡ってみると――。

■Seen and Heard International/2024年

 これはCD評ではなく、彼らがグリーグを演奏したライヴ評。

 その時点ですでに評論家は、

まるで作品に稲妻が走ったような、生きたエネルギー

 を感じ取っていた。

 激しいエネルギーが暗い中間楽章にまで持続しながら、それでも抒情的な部分では突然雲が割れて光が射すような瞬間が生まれる、と評している。

 つまり今回のデビュー盤で突然こうなったわけではない。

この猛烈な推進力は、どうやらOpus13という団体そのものの個性らしい。

 ちなみにThe Stradのインタビューでメンバー自身も、グリーグについて「ノルウェーの自然や民族性」を強く感じる作品であり、フィヨルド、山、森、トロールまで含んだ物語として演奏したい、と語っている。



********************


 さて。

 ここまで世界の反応を読んでから、店主も聴いてみた。

 まず

メンデルスゾーン
  弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 Op. 13

 店主がこの曲で愛聴しているのはパシフィカ弦楽四重奏団なのだが、

「これ、パシフィカに匹敵するくらい熱いんじゃないか?」

 と思った。

 というか・・・そもそもこの人たちの名前「Opus13」が、この曲の作品番号から来てるわけで・・・。
 確かにこれはすごい。すごくないわけがない。

 ところが。

 もっと驚いたのは、その次のグリーグだった。

グリーグ:
   弦楽四重奏曲 第1番 ト短調 Op. 27

 その第1楽章。

なんだこれは。

 めちゃくちゃかっこいいのだ。ほんっとに。
 かっこいい。かっこよすぎる。
 これはいかん。

 グリーグの弦楽四重奏曲第1番はもちろん以前から知っていた。

 しかしこの演奏を聴いていると、

この曲、こんなにすごい曲だったか。

 と震えあがった。

 世界の評論家が言っていた、

「推進力」
「嵐」
「生々しいエネルギー」
「巨大なスケール」。

 なるほど。全部わかる。

 店主としてはさらに一歩進んで、

この演奏によってグリーグの弦楽四重奏曲第1番が、並み居る弦楽四重奏曲の大名曲たちのトップクラスへ殴り込みをかけてきた。

 そんな気さえした。



 もうここまで書けば十分だと思うが、最後の. 「ソルヴェイグの歌(Opus13編曲) 」。
 これがまた・・・。
 というか、これがまた別格にすごい。

 この人たち、まだ世界的な大騒ぎにはなっていない。
 しかし、ちょっと覚えておいた方がいい。

Opus13。

 とんでもないカルテットが出てきたのかもしれない。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

その2 ★マニア注目盤

《疾風怒濤》第4集




SIGNUM
SIGCD1012
\3000→\2790
イアン・ペイジ&モーツァルティスツ
 疾風怒濤 Vol.4

 ヨーゼフ・マルティン・クラウス(1756-1792):
  交響曲 ハ短調 VB 142
 トンマーゾ・トラエッタ(1727-1779):
  歌劇《アンティゴナ》 より
   アンティゴナのアリア「Ombracara... lo resto sempre」
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791):
  歌劇 《偽の女庭師》 K.196 より
   アルミンダのアリア「Vorrei punirti, indegno」
 イジー・アントニーン(ゲオルク・アントン)・
  ベンダ(1722-1795):
   メロドラマ《メデア》より 情景
 フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809):
  交響曲第45番 嬰ヘ短調 Hob.I:45 《告別》
モーツァルティスツ
 (古楽器アンサンブル)
イアン・ペイジ(指揮)
アレクサンドラ・ロウ(ソプラノ)

 ハイドンが絶賛したクラウスの傑作から、モーツァルトが熱狂したベンダのメロドラマまで!イアン・ペイジ&モーツァルティスツがえぐる、音楽における「疾風怒濤」の真髄、待望の第4弾!

 



 そしてこれ。


 これもまた・・・すごかった。

 イアン・ペイジとザ・モーツァルティスツによる《疾風怒濤》シリーズ第4集。

 9月18日の発売直後から、専門系の媒体を中心に面白いくらい反応が重なった。

■BBC Music Magazine/2026年10月号

 いきなり、星5つ。

★★★★★。

 しかも Orchestral Choice。

 評価の中心にあるのは、ザ・モーツァルティスツの

「活力」と「精度」。

 ピリオド楽器アンサンブルの中でも、この両者をこれほど高い水準で兼ね備える団体は少ない、とする非常に高い評価である。

■Early Music Review/8月28日

 ここでもキーワードは、

火。

 ハイドン《告別》冒頭の激しさを絶妙なテンポで引き出し、モーツァルティスツの演奏を「技術的に確実」で「様式を完全に理解したもの」と評価。

 そしてベンダ《メデア》。

 ここでのアレクサンドラ・ロウについては、

圧倒的な劇的パワー。

 さらにクラウスの交響曲では、不協和音を含む冒頭から「まだ姿を現していない悲劇」が迫ってくるような不気味な空気を感じ取り、その緊張を持続させるイアン・ペイジの音楽への深い共感こそ、この録音最大の長所だとする。

■Limelight(オーストラリア)/9月18日

 こちらは Editor's Choice。

 見出しからして、

「More seismic Sturm und Drang」

 つまり地面が揺れるような《疾風怒濤》。

 クラウスから始まる75分を「thrilling」とし、アレクサンドラ・ロウについても、《メデア》では聴き手を座席へ押し戻すほどの迫力、と評している。

■Europadisc(英国)/8月

 ここは少し違う角度から聴いている。

 ペイジは単純に荒々しく煽るのではなく、

激しさより明晰さを優先している。

 だからこそアクセントが鋭く刺さり、静かな場面にも神経質な緊張が消えない、という。

 つまり、

「大音量だから激しい」

 のではない。

 音楽そのものの内部にある不安定さを、きちんと制御された演奏によって浮かび上がらせている、と見るのである。

 なるほど。

BBCは「活力と精度」。

Early Music Reviewは「炎」「劇的パワー」。

Limelightは「地震のような衝撃」。

Europadiscは「制御された明晰さの中に残る緊張」。

 言い方は違う。

 でも結局みんな、

このアルバムがものすごく強いエネルギーを持っている

 というところでは一致している。





************************************


 で。

 店主も聴いてみた。

 まず大好きな

ヨーゼフ・マルティン・クラウス:
  交響曲 ハ短調 VB 142

 「クラシックは死なない」でも書いたが店主が最も好きな交響曲の一つ。

 美しい。

 そして、

かっこいい。

 さっきのOPUS13もかっこよかったが、このアルバムもこの曲か始まるからまあ熱い。かっこいい。

 そしてそこから息詰まるようなオペラ場面が続く。
 なんだ、シンフォニー・アルバムじゃなかったのか、と思うのもつかの間。
 息をもつかせぬ熱くて激しいドラマが次々と展開する。

 きっとびっくりすると思う。
 200年前はこんな血しぶき飛ぶようなオペラが上演されていたのか?

 なんせベンダの《メデア》がすごい。
 こんなすさまじい作曲家だったのか、ベンダ。


 そして最後のハイドン《告別》。

 圧巻。

 聴き終わって、なんだか妙に納得してしまった。

 われわれは音楽史で、

「シュトゥルム・ウント・ドラング=疾風怒濤」

 と習う。

 短調。

 激しい感情。

 強烈なダイナミクス。

 云々。

 でも、このアルバムを聴いていて思った。

疾風怒濤って、・・・つまり「かっこいい」ってことだったのか。

 ヨーゼフ・マルティン・クラウスも。

 ベンダのオペラも。

 ハイドンも。

 全部、猛烈にかっこいい。

 世界の評論家たちが「活力」「炎」「衝撃」と騒いでいた。

 店主の言葉にすれば、

「かっこいい」。「かっこよすぎる」。

 たぶん同じことを言っている。



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その3 ★世界的話題盤

リーゼ・ダヴィドセン

《VERDI》




DECCA
4872241
〔デジスリーヴ仕様〕
\3500→\3290
“今世紀最高のソプラノ”とも評されるリセ・ダヴィッドセン、ついにヴェルディへ!
 《マクベス》から《アイーダ》まで、圧倒的な声で挑む5大オペラ。

《リセ・ダヴィッドセン~Verdi
  『マクベス』『仮面舞踏会』『運命の力』『ドン・カルロ』『アイーダ』》

 ヴェルディ:
  歌劇『マクベス』より
   1)「勝利の日に」(第1幕)、
   2)「ダンカン王がここにくる?」(第1幕)、
   3)「光は萎えて」(第2幕)、
   4)「私たちは二晩、無駄に起きていた」(第4幕)、
   5)「ここにまだ血の染みがついている」(第4幕)、
  歌劇『仮面舞踏会』より
   6) 前奏曲(第2幕)、
   7)「ここは、罪が死によってあがなわれる場所」(第2幕)、
   8)「あの草を摘みとって」(第2幕)、
   9)「私は死にましょう」(第3幕)、
  歌劇『運命の力』より
  10)「とうとう着いた―あわれみの聖母よ」(第2幕)、
  11)「天使たちの聖母」(第2幕)、
 歌劇『ドン・カルロ』より
  12)「泣かないで、友よ」(第2幕)、
  13)「世のむなしさを知る神」(第5幕)、
  14)「フランスよ、崇高な地よ、そう、愛しき我が若かりし日々よ!」(第5幕)、
  15) 歌劇『アイーダ』より「勝ちて帰れ」(第1幕)
リセ・ダヴィッドセン(ソプラノ)(1-5, 7-15)、
アポロ・ヴォイセズ(10, 11)、
エドワード・ガードナー(指揮)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

 人気ソプラノ歌手が極上の歌唱で偉大なオペラ作曲家のドラマティックな世界へと誘う

 【録音】2025年1月8-12日、ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホール



 そして最後。

 今週もっとも世界の評論が面白かったのがこれだった。

 9月11日発売。

 リーゼ・ダヴィドセン、初のヴェルディだけによるアルバム。

 《マクベス》《仮面舞踏会》《運命の力》《ドン・カルロ》《アイーダ》から、5人の女性像を描いている。

 で。

 世界の評論を読んでみたら――

評価が割れている。

 これが面白い。


■The Guardian(英国)/9月10日

★★★★。

 まず圧倒的な声の力を認める。

 しかし、この批評が面白いのは、

「力」だけを褒めていない

 ことである。

 《マクベス》では堂々たる威圧感。

 その一方、《仮面舞踏会》のアメリアでは、死を目前にして息子に会わせてほしいと願う脆さ。

 《ドン・カルロ》では運命を受け入れる悲しみ。

 つまり巨大な声の中から、傷つきやすさをきちんと引き出しているところを評価している。

 しかも《マクベス》第2幕の

「光は萎えて」

 についても、その声の暗い奥にあるものに注目している。

■ClassiqueNews(フランス)/9月13日

 ここも《マクベス》に注目。

 面白いことに、第1幕よりも、

「光は萎えて」の方がすごい

 とする。

 ダヴィドセンのレディ・マクベスを、燃え上がるような凶暴さを持ちながら、同時に傷ついた存在として捉えている。

 ただし手放しの絶賛ではない。

 声の力が強烈すぎて、ときにニュアンスを呑み込んでしまう。

 ガードナーの指揮も硬く、表現過多になることがある、と指摘している。

 ところが《仮面舞踏会》へ入ると評価が変わる。

 とくに、

「私は死にましょう」

 では、内面的な色彩がさらに深まり、「尊厳を失わない犠牲者」の悲しみが現れる、と高く評価している。

■The Classic Review/9月21日

 ここもまず、

途方もない声の力。

 広い音域での安定感。

 輝くような高音。

 必要なら非常に柔らかな声まで出せるコントロール。

 そこは認める。

 しかし、

「すべてが感動的というわけではない」

 と少し距離を置く。

 《マクベス》では過去の名歌手の方が人物像の恐ろしさを強く感じさせる、とする場面もある。

 ところが――

 《仮面舞踏会》になると話が変わる。

 「あの草を摘みとって」と

「私は死にましょう」

 を特に高く評価。

 後者では、息子を最後に抱きしめたいと願うアメリアの、

胸をえぐるような脆さ

 をダヴィドセンが表現している、としている。

 つまりここまで、

Guardian。

ClassiqueNews。

The Classic Review。

3媒体とも《仮面舞踏会》での「脆さ」に反応している。

 偶然としては、かなり面白い。

 ところが。

■Opera Nederland(オランダ)/9月15日

 ここはかなり厳しい。

 声の大きさ。

 力。

 安定感。

 難しい箇所でも余裕を感じさせる技術。

 そこについては最大級に評価し、

 現在の世界を代表するドラマティック・ソプラノの一人だと認める。

 しかし。

 人物表現については慎重。

 とくに《マクベス》には、

レディ・マクベスに必要な恐ろしさが不足している

 と批判する。

 さらにイタリア的な歌い回しやレガートにも疑問を呈し、ガードナーの指揮についても雰囲気に乏しい、とかなり辛口なのである。

 おお。

 これは面白い。

Guardianは《マクベス》を「堂々たる」。

ClassiqueNewsは「燃え上がるような凶暴さ」。

しかしOpera Nederlandは、

「まだ怖くない」。

 同じ歌を聴いているのに、ここまで違う。

 こういうのが、この「定点観測100」で見たかったのである。




******************************



 では。

 店主はどう聴いたか。


 正直に言うと、これまでリーゼ・ダヴィドセンについては、

「歌のうまい、きれいなお姉さん」

 くらいに思っていた。


 すみません。

 今回、完全に認識が変わった。

 最初に驚いたのは《マクベス》第2幕、

「光は萎えて」。

 最初に聴いたときは、その巨大な声に押し込まれるような感覚があって、

なんか殺されそう。

 と思った。

 だからOpera Nederlandが

「レディ・マクベスに必要な恐ろしさが不足している」

 と書いているのを読んで、


「いやいや、私は十分怖かったです(笑)」

 と思ったのである。

 ただ。

 ここが面白い。

 そのあと、もう一度聴いてみた。

 ……あれ?

 今度は、そこまで殺されそうではない。

 もちろんすごい。

 圧倒的な声である。

 でも最初に感じたほどの「恐ろしさ」ではなかった。

 となると、Opera Nederlandの言っていることも、
 ちょっと分からなくはない。

 こういうことがあるから面白い。

 ところが。

 何度聴いても、まったく印象が変わらなかった曲がある。

《仮面舞踏会》第3幕、

「私は死にましょう」。

 これはいけない。


 一度目。

あまりの悲しみに胸が張り裂けそうになった。


 もう一度聴いた。

 やっぱりいけない。

 また胸が締めつけられる。


 このアルバムたぶん10回くらいは聴いたと思うのだが、仕事をしていようが、おしゃべりしていようが、うつらうつらしていようが、

「私は死にましょう」。


 が始まると、毎回、「なんだこれは」と、すべての行動を止めて耳を澄ましてしまうのである。

 そしてここであらためて海外の評論を見てみると――。

Guardian。

ClassiqueNews。

The Classic Review。


みんな同じ曲で立ち止まっている。

 いや、これにはちょっと笑った。

 みんな同じところで感動してるじゃないか。

 言葉はそれぞれ違う。

「脆さ」。

「悲しみ」。

「胸をえぐるような」。

 しかし、どうやらみんな同じものに反応している。

 これは偶然とは思えない。

 最近の歌手を聴いていて、

「うまいなあ」

 と思う人はいる。

「きれいな声だなあ」

 と思う人もいる。

 でも、

歌を聴いて、ここまで胸が締めつけられたことは、最近ちょっと記憶にない。

 しかも面白いのは、

 ダヴィドセンのすごさは単に「ものすごい声」だけではなかったということ。

《マクベス》では、
 その巨大な声の力にまず驚かされた。

 ところが《仮面舞踏会》では、

 その巨大な声を持った人が、
 今度はこんなにも脆く、悲しく歌う。

 そこで初めて、

この人、とんでもない歌手なんじゃないか。

 と思った。

 昔の巨大なディーヴァたちを、ふと思い出した。

 もちろん声が似ているという意味ではない。

 歌い方が同じという意味でもない。

 ただ、

その人が歌い始めた瞬間に、周囲の空気そのものが変わってしまう。

 そんな種類の歌手。

 リーゼ・ダヴィドセン。

 今回、このアルバムを何度か聴き直して、

 ようやくそのすごさが少し分かったような気がした。








 第5回を終えて。

 ということで、

 今週の「世界クラシック定点観測100」はこの3枚。

 Opus13では、

 世界の評論家が聴き取った「切迫感」「推進力」「嵐」。

 これが、
店主の

「グリーグって、こんなにかっこいい曲だったのか!」

 と重なった。

 《疾風怒濤》第4集では、

「活力」
「炎」
「地震のような衝撃」

 という世界の反応が、

 店主の

「疾風怒濤って、つまり“かっこいい”ってことだったのか」

 と重なった。

 そしてダヴィドセンでは、

 世界の評論家たちが《マクベス》については、

「恐ろしい」

「いや、まだ恐ろしくない」

 と意見が割れた。


 しかし《仮面舞踏会》の悲しみにはみなが揃って反応した。
 店主も胸が締め付けられた。


 世界の評論が一致する。

 世界の評論が割れる。

 そして自分の耳で聴いてみる。

 その三つが揃うと、

 一枚のCDが急に立体的に見えてくる。

 これこそ、

 この「定点観測100」でやってみたかったことなのかもしれない。


 そんなわけで、今週も、世界の片隅で起きていた小さな「重なり」を3つ拾いました。


 来週はどんなアルバムに出会えるんでしょう。どうぞお楽しみに。




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