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そして最後。
今週もっとも世界の評論が面白かったのがこれだった。
9月11日発売。
リーゼ・ダヴィドセン、初のヴェルディだけによるアルバム。
《マクベス》《仮面舞踏会》《運命の力》《ドン・カルロ》《アイーダ》から、5人の女性像を描いている。
で。
世界の評論を読んでみたら――
評価が割れている。
これが面白い。
■The Guardian(英国)/9月10日
★★★★。
まず圧倒的な声の力を認める。
しかし、この批評が面白いのは、
「力」だけを褒めていない
ことである。
《マクベス》では堂々たる威圧感。
その一方、《仮面舞踏会》のアメリアでは、死を目前にして息子に会わせてほしいと願う脆さ。
《ドン・カルロ》では運命を受け入れる悲しみ。
つまり巨大な声の中から、傷つきやすさをきちんと引き出しているところを評価している。
しかも《マクベス》第2幕の
「光は萎えて」
についても、その声の暗い奥にあるものに注目している。
■ClassiqueNews(フランス)/9月13日
ここも《マクベス》に注目。
面白いことに、第1幕よりも、
「光は萎えて」の方がすごい
とする。
ダヴィドセンのレディ・マクベスを、燃え上がるような凶暴さを持ちながら、同時に傷ついた存在として捉えている。
ただし手放しの絶賛ではない。
声の力が強烈すぎて、ときにニュアンスを呑み込んでしまう。
ガードナーの指揮も硬く、表現過多になることがある、と指摘している。
ところが《仮面舞踏会》へ入ると評価が変わる。
とくに、
「私は死にましょう」
では、内面的な色彩がさらに深まり、「尊厳を失わない犠牲者」の悲しみが現れる、と高く評価している。
■The Classic Review/9月21日
ここもまず、
途方もない声の力。
広い音域での安定感。
輝くような高音。
必要なら非常に柔らかな声まで出せるコントロール。
そこは認める。
しかし、
「すべてが感動的というわけではない」
と少し距離を置く。
《マクベス》では過去の名歌手の方が人物像の恐ろしさを強く感じさせる、とする場面もある。
ところが――
《仮面舞踏会》になると話が変わる。
「あの草を摘みとって」と
「私は死にましょう」
を特に高く評価。
後者では、息子を最後に抱きしめたいと願うアメリアの、
胸をえぐるような脆さ
をダヴィドセンが表現している、としている。
つまりここまで、
Guardian。
ClassiqueNews。
The Classic Review。
3媒体とも《仮面舞踏会》での「脆さ」に反応している。
偶然としては、かなり面白い。
ところが。
■Opera Nederland(オランダ)/9月15日
ここはかなり厳しい。
声の大きさ。
力。
安定感。
難しい箇所でも余裕を感じさせる技術。
そこについては最大級に評価し、
現在の世界を代表するドラマティック・ソプラノの一人だと認める。
しかし。
人物表現については慎重。
とくに《マクベス》には、
レディ・マクベスに必要な恐ろしさが不足している
と批判する。
さらにイタリア的な歌い回しやレガートにも疑問を呈し、ガードナーの指揮についても雰囲気に乏しい、とかなり辛口なのである。
おお。
これは面白い。
Guardianは《マクベス》を「堂々たる」。
ClassiqueNewsは「燃え上がるような凶暴さ」。
しかしOpera Nederlandは、
「まだ怖くない」。
同じ歌を聴いているのに、ここまで違う。
こういうのが、この「定点観測100」で見たかったのである。
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