忘れられたものたちよ
製作者の思惑と裏腹に
思ったより売れなかったHECTORシリーズ・アイテム特集
HECTORが原盤を発掘し、「これはすごい」と満を持して発売したにもかかわらず思ったより反響がなかった哀しきアイテムたちに愛の光を。
ちゃんとコメントを打ち出してリリースすればもっと注目されるはずだったのではないか、と製作者がいまだに後悔している・・・そんなアルバムをご紹介していきましょう。
世の中にはそんな不遇な名盤が山のように埋もれているんです。
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ファイル7
フランス・ピアニズムの粋、デカーヴとドワイヤン
2台ピアノで描く、知性と気品に満ちた
モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲
kv.
365
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HINDENBURG BURG-8005
ワインガルトナー指揮&ロンドン響
ベルリオーズ:幻想交響曲
HECTORが大枚はたいて手に入れたらしいワインガルトナー指揮、ロンドン交響楽団の「幻想交響曲」。1925年、初期電気録音の名盤。
ただワインガルトナー自体があまり人気がないようで、メーカーの期待通りには売れなかったみたいです。
でもそれはさすがにちょっともったいない。
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ハンス・フォン・ビューロー 1830-1894
アルトゥール・ニキシュ 1855-1922
グスタフ・マーラー 1860-1911
★フェリックス・ワインガルトナー 1863-1942
フランツ・シャルク 1863-1931
アルトゥーロ・トスカニーニ 1867-1957
ヴィレム・メンゲルベルク 1871-1951
ピエール・モントゥー 1875-1964
ブルーノ・ワルター 1876-1962
レオポルト・ストコフスキー 1882-1977
オットー・クレンペラー 1885-1973
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー 1886-1954
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フェリックス・ワインガルトナーは、伝説や噂ではなく、音として出会える最初の世代。
ただ、ベートーヴェンやブラームスの素晴らしい演奏はあるけれど、じゃあトスカニーニやワルターのようにファンになれるかというと、そこまでの音源は残ってない。
「伝説」と「現実」の間の存在といいましょうか。
またこの人が、音楽を派手に盛り上げるよりも、楽譜に書かれた内容を誠実に美しくまとめ上げるタイプの名匠だったので、その後の怪物的指揮者の中に埋没していったような気がします。
でも今になって落ち着いてこの人のベートーヴェンやブラームスを聴くと、その品格の高さに驚くと思います。そしてその解釈がまるで今生まれたかのように現代的でスマートなことに感心すると思います。
さて今回ご紹介するのは、意外なほど話題になることの少ない、ワインガルトナーによる1925年の《幻想交響曲》です。
この録音が行われた当時、ワインガルトナーはすでにヨーロッパ楽壇の頂点に立つ大指揮者でした。ウィーンを拠点に、「正統派解釈の模範」として広く尊敬を集めていた存在です。
一方その頃は、まだ電気録音が始まったばかりの時代で、《幻想交響曲》自体も「新しく、やや風変わりな交響曲」と受け止められていました。そうした状況のなかでワインガルトナーは、この作品に初めて触れる人でも自然に音楽に入っていけるよう、全体の流れを整え、分かりやすく聴かせようとしているように感じられます。
そのため刺激的な効果を過度に強調することはなく、音楽は終始なめらかで、すっと耳に入ってくる・・・でも同時にこの作品の面白さ、ユニークさ、愉しさ、ちょっとびっくりな展開を余すことなく伝えてくれる。
いまから100年前に、これほどきっちりとこの作品の魅力を伝えていたワインガルトナーの力量というのは、やはり相当なものだったと思います。
YouTubeで少し聴けるようにしてみました。
https://youtu.be/TGFppd__yJ0
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ファイル5
HINDENBURG BURG1097
ドゥヴィ・エルリ
ギィ&モニーク・ファロの三重協奏曲
店主の愛するドゥヴィ・エルリのヴァイオリン、そして典雅な音色を奏でるフランスの名手ギィ・ファロのチェロ、そしてモニーク・ファロのピアノによるベートーヴェン「三重協奏曲」。
しっとりと落ち着いた大人の演奏。
ギィ・ファロとモニーク・ファロの関係がはっきりしなくて長くもやもやしていたが、今回
> 姉 Monique と一緒にジュネーヴ・ソナタ・コンクールで1位を獲得した
という情報を得て、二人が姉弟であることがはっきりしてすっきりしました。
改めて聴くと、流麗なエルリのヴァイオリン、優雅なギィ・ファロのチェロ、知的で闊達なモニーク・ファロのピアノと、とても魅力的な演奏でした。
こちらで少し聴けるようにしておきました。
https://youtu.be/tEgS-cI5Yro
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ドゥヴィ・エルリ。
パリ音楽院を1等で卒業し、パスキエ、カザルス、エネスコに師事、1955年のロン・ティボー・コンクールで優勝した伝説のヴァイオリニスト。
伝説とはいえ1990年代になお現役として活躍していて、その名はときおりマニアの間でささやかれた。
・・・が、とにかくCDがほとんど出ていなかった。
ドヴィ・エルリー(1928年11月5日 - 2012年2月7日)は、フランスのヴァイオリニスト。
世代的にスターン、グリュミオー、コーガンよりちょっと後の世代。ソリストでいえばロストロポーヴィチ、指揮者でいえばテンシュテット、ブロムシュテット、マズア、ハイティンクと同年代。
パリ音楽院でジュール・ブーシュリに学び、プルミエ・プリを得て卒業。
1955年のロン=ティボー国際音楽コンクールのヴァイオリン部門で優勝し、ソリストとしての活動を始めた。
1968年にマルセイユ音楽院の教授となり、1973年にはマルセイユ・ゾリスデンを設立した。
1977年のマルセイユのプロヴァンス室内楽センターの監督職を経て1982年に母校であるパリ音楽院の教授に就任。
1995年以後は、パリのエコール・ノルマル音楽院で後進の指導に当たった。
2012年2月7日火曜日の朝、勤め先のエコール・ノルマル音楽院へ向かう途中、パリの10区でトラックに跳ねられて事故死した。

フランスのチェロ奏者、ギィ・ファロ(1927-2018)。フランス、ナンシーの生まれ。
少年の頃にローザンヌ音楽院で学んだ後、パリ音楽院で名教師として高名なポール・バズレール(ピエール・フルニエの師でもある)に学んだ。
その後世界中で活躍するのだが、40歳という奏者として脂の乗り切った時期に左の2本の指の故障に見舞われてしまう。6回もの手術を受けた後に現役復帰し、21世紀に入るまで活動を続けた。教師としても有名。
ファロの録音も極端に少なく、CDはほとんど出てなくて実像が伝わりづらかった。(最近ようやくCascavelleから大きなボックスが発売された)
妻モニークとの演奏は「夫婦デュオの理想形」として語られることもあったが、じつは姉弟だった。

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ドゥヴィ・エルリ&ギィ・ファロには二重協奏曲もある
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ファイル4
HINDENBURG BURG1205
フランス・クリダのお宝音源
革命により没落したマリー・アントワネットの音楽教師
クロード=ベニーニュ・バルバトル
いかにフランス・クリダの知られざるお宝音源と言われても、聞いたこともない作曲家ではまったく売れなかったみたいで、オリジナル盤が高価だったためにまったく採算が取れなかったそうです。
でも話をよく聞いてみるとなかなか魅力的な一枚なんです。
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クロード=ベニーニュ・バルバトル(Claude-Benigne
Balbastre, 1724年12月8日-1799年5月9日 )は、18世紀宮廷文化の頂点を生きたフランス鍵盤音楽の名手。
ラモー一族に導かれてパリで頭角を現し、コンセール・スピリチュエルの華々しい成功を経て、ノートルダム大聖堂のオルガニスト、そしてマリー・アントワネットのクラヴサン教師へと上り詰めます。
その音楽は、優雅な宮廷のきらめきを映し出すものでした。
しかし革命は、彼の栄光を一瞬で奪います。
後ろ盾も地位も失い、晩年のバルバトルは「ラ・マルセイエーズ」や「サ・イラ」といった革命歌を編曲して生計をつないだと言います。なんという皮肉。
彼の作品には、栄華と没落、そして失われた世界への静かな哀感が宿っています。
聴くたびに、ひとりの音楽家が見つめた“フランス最後の光”がそっと浮かび上がってくるかのようです。

少し聴いてみていただければその魅力の一端がお分かりいただけるかと・・・。
ピアノ四重奏曲第3番ハ長調op.3-3
第2楽章より
https://youtu.be/A-iICWBq2YI?si=614AHSx9iTYG0oZf
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ファイル3
ヴィクトル・デ・サバタ指揮&ベルリン・フィル
1939年、ベルリンでのブラームス交響曲第4番
高額SPを手に入れて意気揚々と発売したのに思ったほど売れなくてがっかりしたらしいです。
アリアCDでももっと大きく取り上げてあげればよかったんですが。
1929年、サバタはスカラ座にデビュー。その翌年、トスカニーニの後任としてスカラ座の音楽監督に就任、指揮活動から引退する1953年に至るまでこのポストに留まり続ける。
1930年代、サバタはスカラ座のみに留まることなく各地に客演、1936年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、1939年にはトスカニーニ以来2人目のイタリア人指揮者としてバイロイト音楽祭から招聘を受けた。
これはそんな活発な時期の貴重な演奏。
ブラームス:交響曲第4番より
https://youtu.be/2fK5Hcbq7YI
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HECTORのオーナーが長年探し続けていたというサバタのブラームス4番のSP。
念願かなってのSPからの復刻。
このアルバムについてはHECTORの社長がいつも熱く語っていたが、同じように熱い思いを抱いていたのが「クラシック名盤この1枚(光文社)」で執筆していた井上雅之氏。
「これだけ充実した密度の高い演奏はめったに聴けない。
しかしこのレコードには問題がある。LPの復刻盤のことである。最近の復刻盤は知らないが筆者が持っている盤はひどいものだった。音が窮屈な印象を受けるのだ。聴いたこともないマイナーレーベルならいざ知らず、グラモフォンによる正規の音取りでこの有様は考えものだ。SP盤との落差があまりに激しすぎる。どこをどうしたらこれだけ貧弱に復刻できるのか、不思議なくらいである。SPは再生が面倒なので、きちっとした復刻をお願いしたい。これだけの演奏を勘違いして聴かせるのは残念なことであるし、演奏家にも失礼であると思う。」
ということで今回HECTORの渾身のSP復刻盤であれば、きっと井上氏も納得していただけるのではないかと。
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このサバタのブラームスの4番は、オリジナルのSPを別とすれば、LP、CDを含めて、あらゆる復刻より音が良いのではないか。
名演として名高いこの録音だが、隔靴掻痒のボケボケの音か、やたらと細い音のものがほとんどで、復刻盤はほとんどが失格だ。満足できるのはSPのみか、と思っていたが、このArdmore盤は、復刻盤として、はじめて納得できる音になっている。
この復刻の音質はSP的に生々しく、全くボケていない。細かい表現も充分に伝わってくる。低域もボンつくことなく、しかも豊か。これでこそ、この演奏が味わえるというもの。悪い復刻で聴くと、この演奏はテンポの早い、さっぱりした表現に聴こえることが多いが、実は、毅然とした清潔感の中に、濃厚な味わいを持った演奏であることがわかってくる。
巷ではよく「SPの音質に手を加えることなく〝そのまま〟仕上げたからいい」、みたいな馬鹿なことを言う人がいるが、ノイズカットし過ぎないのは当然であるものの、そのままでは音にならないのはSPを電気再生て聴く人なら周知の事実。
この復刻は、適切なフォノ・イコライザーの選択の上に、絶妙なイコライジングで、演奏の真価を伝える音質を作り上げている(勝手な音作りをしているという意味ではない)。
このArdmoreの社主、兼エンジニアの最大の財産は、人並み優れた耳の良さだ。はっきり言って、本人は決してオーディオ再生やプロ機材に詳しいわけではないのに、自分の耳で選んで揃えた復刻用機材は、いちいち納得できるものばかり。録音された音楽の本質を見極める耳もたいしたものと、手がけている復刻を聴くたびに感心している。
- 元レコード会社プロデューサー
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ファイル2.
ルネ=バトンの1924年ラッパ録音
78回転が語るフランスの魂、バトン黄金時代の決定的復刻
「幻想交響曲」歴史的稀少音源
オリジナルSP盤がきわめて高額なためまったく採算がとれていないアイテムだそうです。
幻想交響曲より第3楽章一部
https://youtu.be/LTwadrqU4NU?si=NNNmPwFrbXI7e5Gh
1924年10月14、17-18日パリ録音。この名曲の世界初の録音。
ルネ=バトン(1879-1940)はフランスの指揮者で作曲家。パリ音楽院でピアノと楽理をアンドレ・ジェダルジュ(1856-1926)に学んだ。
1910年ミュンヘンで開催された「フランス音楽祭」の責任者に選ばれ、1912-13年にはディアギレフ(1872-1929)の「ロシアバレエ団」の指揮者をつとめた。
第1次世界大戦中の1916-18年にはオランダ王立歌劇場の責任者、また1914-19年にはハーグ・レジデシティ・オーケストラを率いて避暑地スケフェニンヘンのサマーコンサートを担当した。

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フランス指揮界の名匠ルネ=バトン、幻のSP録音がついにまとまった形で蘇る。
1924-26年、パリの空気をそのまま閉じ込めた貴重なセッションから、バトンの情熱と明晰さが鮮烈に立ち上がる。
ベルリオーズ《幻想交響曲》では、コンセール・パドゥルー管の俊敏な反応とともに、フランス楽壇特有の軽やかなニュアンスが躍動。
続く《ロシアの復活祭》では、80回転ヴォカリオン盤ならではの鋭い輝きが胸を打つ。さらにオネゲル「ニガモンの歌」、ラロ《スケルツォ》と、フランス音楽の粋を凝縮した選曲が続き、当時のパリの響きが目前に甦る。
SP時代の“生の息づかい”を宿した、歴史的録音ファン必携の復刻盤。
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ファイル1
HINDENBURG BURG6044
情熱と優美さ、そして人生のドラマが響き合う稀有な音楽家
ド・ベリオ:ヴァイオリン協奏曲集
これはアーティスト主体のアルバムが多いHINDENBURG
のなかで、珍しく作曲家、作品に注目したアルバムでした。
でも演奏家がまったく無名だったのでまったく注目されずまったく売れませんでした。
ただHECTORのオーナーにとってはそうとう思い入れが強い音源だったみたいです。
今回特別に新たなコメントを送って来たので改めてこのアルバムを取り上げてみましょう。
ちょっと聴いてみたくなります。
ちなみに2枚組なのですがHECTOR関係のアルバムとしては珍しく1CD価格になってます。(さらに今回はセールになってます)
第2番ロ短調op.32の第1楽章。この作品、名曲だと思います!
https://youtu.be/0BNmrSJCHcI?si=sr8KEEbZ2IwvXuts
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ベルギーが生んだ名ヴァイオリニスト兼作曲家、シャルル・オーギュスト・ド・ベリオは、19世紀ヨーロッパのヴァイオリン界を一変させた存在です。
幼いころからその才能は際立ち、10代でパリに渡ってヴィオッティ系の伝統を学び、各地を演奏旅行、1843年よりブリュッセル音楽院のヴァイオリン教授を務めます。
シャルル・オーギュスト・ド・ベリオ
サロンや宮廷で“新時代のヴィルトゥオーゾ”として名声を得、パガニーニの超絶技巧に影響を受けつつも、フランス的な気品ある歌心を融合し、のちに「ベルギー楽派」と呼ばれる大きな潮流を作り上げました。
ベルギー王立音楽院の創設にも携わり、イザイをはじめとする後進へ多大な影響を与えたベリオ。ヴュータンを育てたのもこのド・ベリオです。
ヴァイオリン協奏曲第1番~第9番、また「ヴァイオリン奏法の学校」など、技巧と詩情を併せ持つ作品が残っていますが、現在その作品はコンサート用・鑑賞用としてよりも、むしろ教育用のレパートリーとして取り上げられることが多いかもしれません。
そのためわざわざド・ベリオの作品を聴こうという人がいないのが本当に残念でたまりません。
今回のアルバムは、そんなド・ベリオの最高傑作であるヴァイオリン協奏曲の2,5,6,7番という優雅で気品あふれる作品を収録。
ヴァイオリンのロラ・アンドレアスと指揮のジョゼフ・アンドレアスは夫婦なのでしょうか、でもまったくその経歴は不明です。しかし二人の息はぴったりで、この忘れられた傑作を見事によみがえらせています。
マリア・マリブラン
ド・ベリオについて覚えておいてほしいエピソードは、恋人であり後に妻となる名歌手マリア・マリブランとのお話しです。
その強烈な個性とドラマティックな生き様でも有名な、19世紀でもっとも偉大なオペラ歌手マリア・マリブラン。28歳という若さで夭折した伝説的人物マリア・マリブランが、最後に付き合っていたのがド・ベリオだったんです。
二人はヨーロッパ中を巡って演奏し、情熱的で輝かしい芸術的パートナーであると同時に深く愛し合う関係でもありました。
七月革命の起こった1830年、ふたりはイタリアに駆け落ちし、5年後に正式に結婚するんですが、翌1836年にマリブランが乗馬事故によって亡くなってしまいます。
マリブランの突然の死は彼を深く傷つけましたが、その哀しみから生まれた抒情的な作品には、彼女への追憶が静かに流れています。
ド・ベリオがマリブランの死によって深い悲しみに沈んだあと、その心情が色濃く反映されたと考えられている作品はいくつかあります。明確に「マリブラン追悼」と題された曲は少ないのですが、作曲年代・気質・様式から、ヴァイオリン協奏曲
第7番は“哀悼の影を宿した作品”として語られます。
それまでの華やかな技巧を前面に押し出した協奏曲とは違い、旋律線がより内面的で、歌うように長く伸びるフレーズが多いこの作品。とくに第2楽章の瞑想的な美しさは、彼女を想う
“無言のアリア” のようだと評されることがあります。
ロラ・アンドレアスとジョゼフ・アンドレアスの息の合った演奏でお聴きいただければ。
シャルル・オーギュスト・ド・ベリオ。
情熱と優美さ、そして人生のドラマが響き合う稀有な音楽家でした。
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