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【閲覧注意】
在庫は薄いのに、解説は厚い。
MARCO POLO 海外在庫セール
1CD\3000→\2290
~10/6(火)午前9時




 有名作曲家の、知られざる作品。
 名前さえ聞いたことのない作曲家の、思いがけない傑作。

 そんな音楽を次々と録音し、
 クラシック好きに「まだこんな曲があったのか!」という驚きを届けてくれたMARCO POLO。

 とくに1980~90年代。
 このレーベルの新譜案内を眺めるのは、
 まだ白いところだらけの音楽地図を広げるような楽しみでした。
 店主も当時、WAVE池袋の売り場に、上司の反対を押し切ってMARCO POLOのコーナーを作ったことを思い出します。

 ただ近年は往年ほど新譜を見かけなくなり、
 かつての録音がNAXOSから再発売されるケースもあります。


 今回、海外から届いたのは、
 そんなMARCO POLO時代のアルバムの在庫セール。
 再発売や在庫整理の流れで出てきたものなのかもしれません。

 中心となるのは、1990年代をはじめ、
 MARCO POLOが盛んに未知の音楽を開拓していた頃のアルバムです。

 なかには、現在NAXOS盤で入手できる録音もあるかもしれません。
 価格はそれぞれですが、ただ今回の特価なら、MARCO POLO盤で手に入れるのも魅力的だと思います。
 (すでにお持ちの録音との重複には、どうぞご注意ください。)


 ……さて。
 ここまでは、普通の在庫セールのお話。

 問題は、ここからです。

 ほとんどのタイトルが、在庫わずか1~3枚とのこと。

 それなのにこんなに熱く、こんなに厚い解説を付けてしまいました。

 在庫は薄い。
 解説は厚い。

 本来なら逆であってほしかった。

 でも、どうにも止まらなくなってしまったのです。

 結果、在庫1枚のアルバムにも、
 まるで100枚用意しているかのような熱量の解説が付いてしまいました。



 今回、ご注文が入荷数を上回った商品は抽選となります。
 お申し込みいただいても、お届けできない場合がございます。


 みんなが欲しくなるように一生懸命紹介しておいて、抽選かも・・・とは、ひどい。


 ということで、今回は「閲覧注意」です。

 知らない作曲家だから大丈夫。
 聞いたことのない曲だから関係ない。

 そう思って読み始めた方ほど、
 途中で気になる一枚に出会ってしまうかもしれません。

 もちろん、お届けできるのが何よりです。
 そのうえで、たとえ今回ご縁がなかったとしても、
 「こんな曲があるのか」と知っていただくきっかけになれば。

 そして、いつかどこかでその音楽に出会ったとき、
「あのときアリアCDで見かけた曲だ」
と思い出していただけたら、うれしいです。

 在庫はわずかですが、紹介したい気持ちは、たっぷりあります。

 恐縮ですが、どうぞ、未知の音楽探しをお楽しみください。


 


8.220358
\3000→\2290

《ドン・ファン》以前のリヒャルト・シュトラウス。
19歳の青年が書いた、堂々47分の「真正面からの交響曲」。

R.シュトラウス:交響曲第2番 ヘ短調 Op.12, TrV126

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949):
 交響曲第2番 ヘ短調 Op.12, TrV126(1883-84)
  (1) I. アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ウン・ポコ・マエストーソ 14:33
  (2) II. スケルツォ 9:00
  (3) III. アンダンテ・カンタービレ 10:43
  (4) IV. フィナーレ:アレグロ・アッサイ、モルト・アパッショナート 13:21
スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団
ミヒャエル・ハラース(指揮)


録音:1985年7月21日、ブラティスラヴァ、
   スロヴァキア・フィルハーモニー・コンサートホール
収録時間:47分37秒


 これはちょっと聴いてみたくなる。

 リヒャルト・シュトラウスといえば、《ドン・ファン》《ティル・オイレンシュピーゲル》《ツァラトゥストラはかく語りき》《英雄の生涯》――巨大なオーケストラを自在に操った交響詩の巨匠。

 ところが、そんなシュトラウスにも、ベートーヴェン、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームスの延長線上で、真正面から「交響曲」という形式に挑んでいた時代がありました。

 1883~84年に書かれたこのヘ短調交響曲は、その若き日の大作。
シュトラウスはまだ19歳。

 実は彼は16歳のときにもニ短調交響曲を書いているため、本作は現在「交響曲第2番」と呼ばれています。しかし作品番号を与えて出版した本格的な交響曲という意味では、若きシュトラウスが世に問うた重要な作品でした。

 しかも世界初演が面白い。
 1884年12月13日、場所はなんとニューヨーク。
 セオドア・トーマス指揮ニューヨーク・フィルによって初演され、これはリヒャルト・シュトラウスの作品がアメリカで演奏された最初の機会ともなりました。

 音楽は4楽章、ほぼ48分。
 まだ後年のシュトラウス特有の極彩色の世界ではありません。むしろブラームス、シューマン、メンデルスゾーンなどドイツ・ロマン派の伝統を強く感じさせます。

 しかし、とても19歳の作品とは思えないほど大きな構え。
 とりわけ第1楽章と終楽章には、すでに巨大なオーケストラを動かそうとする若いシュトラウスの野心がむき出しになっています。

 そして、この交響曲からわずか数年後。
 シュトラウスは伝統的な交響曲という器を離れ、《イタリアから》を経て、1888~89年にはついに《ドン・ファン》へ到達します。

 つまりこれは、「あのリヒャルト・シュトラウス」が生まれる直前の作品。

 後年のシュトラウスを知っているからこそ、「ここからどうやって《ドン・ファン》へ行ったのか」と聴きたくなる。



 リヒャルト・シュトラウスの交響曲第2番・・・聴いたことある人はどれくらいいるでしょうか??





8.220408
\3000→\2590
(これだけちょっと高い)

シューマン:フモレスケ/レーガー:バッハ変奏曲

ロベルト・シューマン(1810-1856):
 フモレスケ 変ロ長調 Op.20 27:42

マックス・レーガー(1873-1916):
 J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガ ロ短調 Op.81 28:56
  主題:アンダンテ
  14の変奏
  フーガ
ヴォルフ・ハーデン(P)

録音:1985年12月18日、フランクフルト、フェステブルク教会
収録時間:56分38秒
CD発売:1986年12月。

シューマンの内面世界と、レーガーの巨大なバッハへのオマージュ。
20代前半のヴォルフ・ハーデンが挑んだ、濃密なドイツ・ピアノ音楽2題。


 これはなかなか重量級の組み合わせです。

 シューマンの《フモレスケ》Op.20は1839年、ウィーン滞在中に完成された約30分の大作。
 ここでいう「フモレスケ」は、単純な「ユーモラスな曲」という意味ではありません。喜びと悲しみ、夢想と激情、明るさと暗さ――次々と移り変わる人間の内面を、ひと続きの音楽の中に封じ込めたような作品です。

 「簡潔に」「非常に速く軽やかに」「性急に」「簡潔に、そして繊細に」……と性格がめまぐるしく変化し、それらが休みなく連なっていく。
いかにもシューマンらしい、外向的なフロレスタンと内向的なオイゼビウスが絶えず入れ替わるような世界です。

 そして後半は、一転してレーガー最大級のピアノ作品、《J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガ》Op.81。

 1904年作曲。
 主題は有名な「B-A-C-H音型」ではなく、J.S.バッハのカンタータ第128番「ただキリストの昇天にのみ」BWV128の第4曲から採られています。

 静かな主題から始まり、14の変奏を経て、最後には巨大なフーガへ。
 約30分にわたって対位法、濃密な和声、巨大な音響が積み重なっていく、まさにレーガーのピアノ音楽を代表する大作です。

 レーガー研究でも、このOp.81は「ピアノ作品の頂点」と評されることのある作品。
 バッハへの深い敬意を出発点としながら、ブラームス以来の変奏技法と、レーガー独特の複雑な和声世界を極限まで押し広げています。

 そしてピアノはヴォルフ・ハーデン。
 1962年ハンブルク生まれですから、この1985年録音時はまだ23歳。
 のちにトリオ・フォントネのピアニストとしてTELDECなどに数多くの録音を残し、ソリストとしてもブゾーニをはじめとする知られざるピアノ作品の紹介に力を注ぐことになる人物です。

 その23歳の青年が、シューマンの最も捉えどころのない内面的作品のひとつと、レーガー屈指の巨大作品を一枚で弾いている。

 シューマンの「揺れ動く心」から、レーガーの「巨大な構築物」へ。
 同じドイツ・ロマン派の流れの中にありながら、まったく異なる二つのピアノ世界を聴き比べることのできる、なかなか骨太なMARCO POLO盤です。




8.220441
\3000→\2290
フルートとハープのための名曲集
 ロッシーニ:アンダンテと変奏曲 ヘ長調
 ショパン:ロッシーニの主題による変奏曲
 ドルーエ:英国の主題による序奏と変奏曲
 ドニゼッティ:フルート・ソナタ
 シュポア:フルート・ソナタ ハ短調


ロマンティック・ミュージック・フォー・フルート&ハープ
フルートとハープのための名曲集


ロッシーニ:
 (1) アンダンテと変奏曲 ヘ長調 4:41

ショパン:
 (2) ロッシーニの主題による変奏曲 ホ長調 B.9(KK Anh.Ia/5) 7:28
   ~歌劇「チェネレントラ」の「悲しみと涙のうちに生まれ
   (Non piu mesta)」の主題による
   ノーラ・メルツ編曲(フルート&ハープ版)
   主題:アンダンティーノ
   第1変奏:コン・アニマ
   第2変奏:ピウ・レント
   第3変奏:ヴィーヴォ
   第4変奏:コン・ブリオ

ルイ・ドルーエ(1792-1873):
 (3) 英国の主題による序奏と変奏曲 Op.28 11:03
   ~英国の古い歌「My Lodging is on the Cold Ground
   (私の寝床は冷たい地面)」の主題による

ドニゼッティ:
 (4) フルートとハープのためのソナタ 4:40
   ラルゲット(ト短調)-アレグロ(ト長調)
   ※原曲はヴァイオリン(またはフルート)とハープのための作品として伝承。
    2つの部分はほぼ切れ目なく演奏される。

シュポア:
 (5) ソナタ第1番 ハ短調 WoO23 16:50
   (原曲:ヴァイオリンとハープのためのソナタ)
   I. アダージョ-アレグロ・ヴィヴァーチェ
   II. アンダンテ-アレグロ
   ※1805年作曲。フルートが原曲のヴァイオリン・パートを演奏。


マルク・グローウェルス(Fl)
カトリーヌ・ミシェル(Hp)
CD発売:1987年12月。
録音:1984年5月、ベルギー、ショーモン、聖バヴォ教会。

これは素敵な一枚。
ロッシーニ、若きショパン、19世紀の大フルート・ヴィルトゥオーゾ、そしてドニゼッティ、シュポア。
「歌うフルート」の時代を、フルートとハープでめぐる45分。



※ショパンの《ロッシーニの主題による変奏曲》は、ロッシーニの歌劇「チェネレントラ」第2幕最後のロンド「Non piu mesta」を主題とするフルートとピアノのための作品として伝えられてきたもの。本盤ではノーラ・メルツによるフルートとハープ版で演奏されている。現在ではショパンの真作かどうかについて疑問も呈されている作品。

※ルイ・ドルーエは19世紀前半にヨーロッパ各地で活躍したフランスの大フルート・ヴィルトゥオーゾ。《英国の主題による序奏と変奏曲》Op.28は、ドルーエがロンドンで活躍していた1817年頃の作品。

※ドニゼッティのソナタは、歌劇作曲家として大成する以前の若き日の器楽作品。静かなラルゲットから明るいアレグロへと続く短い作品で、すでに後年のベルカント・オペラを思わせる「歌う旋律」が魅力。

※シュポアのハ短調ソナタ WoO23は1805年作曲。シュポア自身がヴァイオリン、のちに妻となるドレッテ・シャイトラーがハープを弾くことを念頭に書かれた、ヴァイオリンとハープのための初期ソナタ。シュポアはその後も、この珍しい組み合わせのために数多くの作品を残した。





8.220469
\3000→\2290

シュレーカー:
 大歌劇への前奏曲「メムノン」
 ロマンティックな組曲 Op.14


フランツ・シュレーカー(1878-1934):

 (1) 大歌劇への前奏曲「メムノン」(1933) 22:22
   アレグロ・モデラート-アダージョ-アレグロ-
   次第に静まって-幅広く、壮麗に-
   ア・テンポ、軽やかに-倍の遅さで-エピローグ

 (2) ロマンティックな組曲 Op.14(1903) 26:44
   I. 牧歌(Idylle):アンダンテ
   II. スケルツォ:プレスティッシモ
   III. 間奏曲:穏やかな動きで
   IV. 舞曲:アレグロ・ヴィヴァーチェ、やや粗野に
トーンキュンストラー管弦楽団
ウーヴェ・ムント(指揮)


録音:1988年3月9日、ウィーン、ORFスタジオ
収録時間:49分06秒
CD発売:1988年12月。

※オリジナルのMARCO POLO 盤では《ロマンティックな組曲》4楽章を1トラックに収録。後のNAXOS再発売盤では各楽章が個別トラック化されている。

 25歳のシュレーカーと、55歳、死の前年のシュレーカー。
 30年を隔てた二つの巨大な管弦楽作品を1枚に収めた、実に興味深いアルバム。


 まず《ロマンティックな組曲》Op.14。
 1903年、シュレーカー25歳の作品です。

 「牧歌」「スケルツォ」「間奏曲」「舞曲」の4楽章からなる約27分の大作。まだ《遠い響き》《烙印を押された人々》など、シュレーカーを時代の寵児に押し上げるオペラが生まれる以前の作品ですが、すでに後年を予感させる甘美な和声、官能的な響き、きらめくような管弦楽法が随所に現れています。

 とくに第3楽章「間奏曲」は、もともと1900年頃に書かれた弦楽合奏のための《間奏曲》Op.8を取り込んだもの。若きシュレーカーがすでに独自の響きの世界を手にしつつあったことを伝えています。

 作品は1903年に完成したものの、全曲初演はなんと10年後。1913年10月20日、ウィーンでオスカー・ネドバル指揮トーンキュンストラー管弦楽団によって行われました。

 そして、その30年後。
 1933年に書かれた《大歌劇への前奏曲》。

 これは単なる演奏会用序曲ではありません。
 シュレーカーが長年構想しながら、ついに完成させることのできなかった古代エジプトを舞台とする歌劇《メムノン》のための音楽です。

 主人公メムノンは古代エジプトの将軍にして半神的人物。地上的な野心と、より高い精神世界への憧れとの間で引き裂かれる存在として構想されていました。シュレーカーは長年温めてきたこのオペラのスケッチをもとに、1933年夏、ポルトガルのエストリルで約22分に及ぶ壮大な前奏曲を書き上げます。

 しかし、この1933年という年はシュレーカーにとってあまりにも苛酷な年でした。
 ナチスの台頭によってベルリンでの教育活動から追われ、将来も生活も不透明になっていくなかで書かれた作品だったのです。

 それにもかかわらず音楽は縮こまるどころか、巨大。
 3管を超える大編成に、アルト・サクソフォン、2台のハープ、チェレスタ、そして大規模な打楽器群まで投入。古代エジプトを思わせる異国的な響きと、シュレーカーらしい濃密なオーケストラの色彩が大きな弧を描いていきます。

 シュレーカー自身、妻にこの作品について、オーケストラの能力を総動員するような巨大で奔放な音楽だ、と書き送っていました。

 そしてこれが、シュレーカー最後の完成作品となりました。
 1933年末に脳卒中に倒れ、1934年3月21日、56歳の誕生日を目前に死去。

 しかも《メムノン》の前奏曲は、生前一度も演奏されませんでした。
 世界初演は死後24年を経た1958年3月11日、バーデン=バーデン。ハンス・ロスバウト指揮南西ドイツ放送交響楽団によって、ようやく日の目を見ます。

 25歳の《ロマンティックな組曲》から、55歳の最後の作品《メムノン》へ。

 若き日の豊饒なロマンティシズムと、人生の最後にもう一度巨大なオーケストラへ向かったシュレーカー。
 その30年間を、わずか49分の一枚で聴き比べる。

 これは選曲そのものにドラマがあります。
 そして、こういうアルバムを1980年代にいち早く世に送り出していたところが、やはりMARCO POLOなのでしょう。




8.223131
\3000→\2290
ドヴォルザーク:
 スラヴ舞曲集 第2集 Op.72
 スラヴ狂詩曲第2番 Op.45-2
 スケルツォ・カプリチオーソ Op.66


アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904):

スラヴ舞曲集 第2集 Op.72, B.147
 (1) 第9番 ロ長調 Op.72-1
   モルト・ヴィヴァーチェ(オドゼメク) 4:37

 (2) 第10番 ホ短調 Op.72-2
   アレグレット・グラツィオーソ(ドゥムカ) 5:33

 (3) 第11番 ヘ長調 Op.72-3
   アレグロ(スコチナー) 3:25

 (4) 第12番 変ニ長調 Op.72-4
   アレグレット・グラツィオーソ(ドゥムカ) 5:46

 (5) 第13番 変ロ短調 Op.72-5
   ポコ・アダージョ(シュパツィールカ) 2:50

 (6) 第14番 変ロ長調 Op.72-6
   モデラート、クアジ・メヌエット(ポロネーズ) 4:07

 (7) 第15番 ハ長調 Op.72-7
   アレグロ・ヴィヴァーチェ(コロ) 3:18

 (8) 第16番 変イ長調 Op.72-8
   グラツィオーソ・エ・レント・マ・ノン・トロッポ、
   クアジ・テンポ・ディ・ヴァルス(ソウセツカー) 6:45

スラヴ狂詩曲第2番 ト短調 Op.45-2, B.86-2
 (9) アレグロ・マ・ノン・トロッポ-モデラート 12:13

スケルツォ・カプリチオーソ 変ニ長調 Op.66, B.131
 (10) アレグロ・コン・フォーコ 12:55
スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団
ズデニェク・コシュラー(指揮)


録音:1988年3月19~22日、ブラティスラヴァ、
   スロヴァキア・フィルハーモニー・コンサートホール
収録時間:61分29秒
CD発売:1991年5月。

 有名な《スラヴ舞曲》だけでは終わらない。
 コシュラーがドヴォルザークの「スラヴ的な管弦楽世界」を一枚に凝縮した、実に充実したアルバム。


 まず《スラヴ舞曲》第2集 Op.72。
 大成功を収めた第1集Op.46から8年後、1886年に作曲された8曲です。

 出版社ジムロックは第1集の大ヒットを受けて続編を強く求めましたが、ドヴォルザークはなかなか首を縦に振りませんでした。ようやく1886年6~7月に第2集を書き上げます。

 第1集が若々しく勢いのある舞曲を中心としていたのに対し、第2集はずっと表情豊か。
 ドゥムカの哀愁、ポロネーズの気品、コロの躍動、最後のソウセツカーの穏やかなワルツ風の揺れまで、民族舞曲の性格を借りながら、より円熟したドヴォルザークの世界が広がります。

 しかもドヴォルザークは民謡をそのまま引用したわけではありません。
 民族舞曲のリズムや性格をもとに、旋律そのものは自ら作り出したもの。
 だからこそ「民族音楽」でありながら、完全にドヴォルザーク自身の音楽になっています。

 《スラヴ舞曲》第2集はまずピアノ連弾用として1886年に作曲され、その後ドヴォルザーク自身が管弦楽化。現在われわれがよく耳にする華麗なオーケストラ版が生まれました。

 続く《スラヴ狂詩曲第2番》は、それより8年前の1878年作。
 実はこの年は、最初の《スラヴ舞曲》Op.46が生まれたまさにその年です。

 《スラヴ狂詩曲》は全部で3曲。第1番ニ長調、第2番ト短調、第3番変イ長調からなり、本盤にはその中央の第2番を収録。
 古典的な形式に縛られず、民族的な旋律感、舞曲的なリズム、英雄的な響きが自由に姿を変えていく、若きドヴォルザークらしい豪快な管弦楽作品です。

 そして最後に《スケルツォ・カプリチオーソ》Op.66。

 これは1883年、交響曲第7番の少し前に書かれたドヴォルザークの代表的な演奏会用管弦楽曲のひとつ。
 冒頭のホルンから始まり、ワルツのような優雅さ、突然の激情、ボヘミア的な旋律が次々と姿を現します。題名どおり「気まぐれ」そのものの音楽で、ドヴォルザークの管弦楽法の巧さが存分に楽しめる作品です。

そして指揮はズデニェク・コシュラー。

 コシュラーはドヴォルザークを得意とし、スロヴァキア・フィルとは交響曲全集を録音。1990年代半ばの時点で、ドヴォルザークの交響曲全集を録音した数少ない指揮者のひとりでもありました。
 スロヴァキアの音楽資料でも、このコンビの《スラヴ舞曲》録音は、豊かな色彩と明瞭なダイナミクスを備えたものとして高く評価されています。

《スラヴ舞曲》の有名旋律だけではなく、
《スラヴ狂詩曲》、そして《スケルツォ・カプリチオーソ》まで。


 ドヴォルザークの民族的な管弦楽世界を、コシュラーという生粋の中欧の指揮者でたっぷり61分。
 これは単なる「スラヴ舞曲集」ではなく、かなり内容の濃い一枚です。




8.223145
\3000→\2290

エネスク:
 管弦楽組曲第3番「村人」Op.27
 「シャトレーヌ(城館)」組曲
 交響詩「自然の声―森の上の秋の雲」


ジョルジェ・エネスク(1881-1955):

管弦楽組曲第3番 ニ長調 Op.27「村人(Villageoise)」
 (1) I. 田園の春(Renouveau champetre)
   アレグロ・モデラート 5:25

 (2) II. 戸外で遊ぶ子供たち(Gamins en plein air)
   アレグロ・コン・ブリオ 3:40

 (3) III. 幼年時代の古い家、日没時に
   (La vieille maison de l'enfance, au soleil couchant)
   ~羊飼い(Patre)
   ~渡り鳥とカラス(Oiseaux migrateurs et corbeaux)
   ~夕べの鐘(Cloches vesperales)
   モデラート・ペンシエローソ、クアジ・アンダンテ 10:50

 (4) IV. 月光の下の川(Riviere sous la lune)
   モデラート・マリンコニコ、マ・センツァ・レンテッツァ 3:49

 (5) V. 田舎の踊り(Danses rustiques)
   アレグロ・ジョコーソ、ノン・トロッポ・モッソ 4:52


「シャトレーヌ(城館)」組曲(1911/未完)
 (6) I. 入場(Entree):ベン・モデラート 12:55
 (7) II. 狩り(Chasse):モルト・ヴィヴァーチェ 5:52


交響詩「自然の声(Voix de la nature)」
 ―森の上の秋の雲(Nuages d'automne sur les forets)

 (8) 8:35
ルーマニア放送管弦楽団/
イォシフ・コンタ(指揮)

ティミショアラ・バナト・フィル/
レムス・ゲオルゲスク(指揮)


収録時間:55分58秒
CD発売:1991年1月。

 これは凄い。
 円熟期の傑作「村人」と、その陰で半世紀以上眠っていた二つの未完作品。
 「知られざるエネスク」を掘り起こした、MARCO POLOならではの一枚。


 まず有名なのが1937~38年作曲の管弦楽組曲第3番「村人」Op.27。

 ニューヨーク・フィルの委嘱によって書かれ、1939年2月2日、カーネギー・ホールでエネスク自身の指揮により初演された晩年の管弦楽傑作です。

 ただし、これはいわゆる「ルーマニア民謡集」ではありません。
 エネスクが描くのは、故郷ルーマニアの村にまつわる記憶そのもの。

 春を迎えた田園。
  戸外を駆け回る子供たち。
 夕陽に沈む幼年時代の家。
 羊飼い。
 空を渡っていく鳥とカラス。
 遠くから聞こえる夕べの鐘。
 月光を映す川。
 そして最後には村人たちの踊り。

 一日の風景であると同時に、遠い幼年時代を振り返るような音楽。
 エネスク自身が生涯抱き続けたルーマニアの記憶が、極めて繊細なオーケストレーションによって描かれています。

 そして、この盤が本当に面白くなるのはここからです。

 「シャトレーヌ組曲」は1911年の作品。
 エネスクは当初この作品にOp.17を与えることまで考えていましたが、完成には至らず、その作品番号は後に交響曲第2番に与えられました。

 残されたのは「入場」と、スケルツォ的な「狩り」を中心とする音楽。
 長く忘れられていた手稿を、ルーマニアの指揮者・作曲家レムス・ゲオルゲスクが研究し、演奏可能な形に整えて蘇らせました。

 そして最後の8分35秒。
 これがさらに凄い。

 交響詩「自然の声―森の上の秋の雲」。

 エネスクが完成させることなく残した交響詩で、長くまったく知られていなかった作品です。
 ブカレストの音楽博物館の資料から発見された手稿は43ページ。そこにはエネスク自身の演奏指示も残されていました。

 レムス・ゲオルゲスクがこの作品を発掘し、1980年11月8日、ティミショアラで自ら指揮して世界初演。

 しかも手稿には「森の上の秋の雲」という副題があり、別の紙には「野原の上の太陽」という別作品を思わせる言葉まで残されていたことから、エネスクが「自然」を主題とする一連の交響詩を構想していた可能性も指摘されています。

 つまり本盤は、単なる「エネスク管弦楽曲集」ではありません。

 完成された円熟期の傑作「村人」。
 1911年に放棄された「シャトレーヌ」。
 そして作曲家の死後25年を経て初めて鳴り響いた「自然の声」。

 完成されたエネスクと、
 完成されることなく眠り続けたエネスク。


 その両方を一枚に収めている。

 しかも未完の2作品を実際に発掘・蘇演したレムス・ゲオルゲスク自身が指揮しているというのも大きい。

 こういう録音こそMARCO POLO 。
 録音がなければ、存在すら知らずに終わったかもしれない音楽を残した一枚です。




8.223164
\3000→\2290
ヴィラ=ロボス:
 チェロ・ソナタ第2番 Op. 66
 ピアノ・トリオ第2番



チェロ・ソナタ第2番 Op.66
 I. Allegro moderato 7:24
 II. Andante cantabile 7:04
 III. Scherzo. Allegro scherzando 5:38
 IV. Allegro vivace sostenuto 7:26
 ジェイ・ヒュームストン(Vc)
 モニク・デュフィル(P)

ピアノ三重奏曲第2番
 I. Allegro moderato 9:29
 II. Berceuse - Barcarolla 8:15
 III. Scherzo: Allegro vivace spirituoso 5:07
 IV. Molto allegro 8:15
 アントニオ・ヌニェス(Vn)
 ジェイ・ヒュームストン(Vc)
 モニク・デュフィル(P)
アントニオ・ヌニェス(Vn)
ジェイ・ヒュームストン(Vc)
モニク・デュフィル(P)


総収録時間:58:38
CD発売:1991年5月。

 「ブラジル風バッハ」や「ショーロス」のヴィラ=ロボスしか知らない人にこそ聴いてほしい、若きヴィラ=ロボスの室内楽。


 収められたチェロ・ソナタ第2番とピアノ三重奏曲第2番は、ともに1915年前後、ヴィラ=ロボスがまだ20代だったころに書かれた初期作品。
 しかしここには、すでに後年の大作曲家につながってゆく尋常ではないエネルギーが渦巻いている。

 ヨーロッパ後期ロマン派からフランス印象主義へとつながる濃密な和声。
 そこへ突然割り込んでくる荒々しいリズム、奇妙なアクセント、思いがけない音の跳躍。
 美しく歌っていたかと思えば、次の瞬間には音楽が暴れ始める。
 「まだ何者でもない若者」ではなく、すでにヴィラ=ロボスになりかけている音楽なのである。

 とりわけチェロ・ソナタ第2番は聴きもの。
 第1楽章はピアノの長い導入から始まり、チェロが悠然と歌い出す。第2楽章の甘美なカンタービレを経て、第3楽章ではグリッサンドまで飛び出す奔放なスケルツォ。そして終楽章では一気に熱を帯び、二人が猛烈な勢いで駆け抜けていく。

 そしてさらに面白いのがピアノ三重奏曲第2番。
 第2楽章には「子守歌-舟歌」という何とも魅力的な題がつき、夢見るような抒情が広がる一方、第3楽章から終楽章へ進むにつれて音楽はどんどん野性的になっていく。
 上品なフランス風室内楽の衣装を着ているのに、その中で南米の血が騒ぎ始めているような作品である。

 そしてこの2曲には、もうひとつ、とんでもない歴史がある。

 1922年2月13日、サンパウロ市立劇場。
 ブラジルの芸術史を変えた伝説的イベント「近代芸術週間」の第1日。
 そこで演奏されたヴィラ=ロボスの室内楽が、まさにこのチェロ・ソナタ第2番とピアノ三重奏曲第2番だった。

 絵画、文学、詩、音楽――ブラジルの若い芸術家たちが「もうヨーロッパの模倣だけではない。自分たちの新しい芸術を作る」と声を上げた、その歴史的な舞台。
 その晩に鳴り響いていた音楽を、ほぼ丸ごと聴くことのできるアルバムなのである。

 MARCO POLO だからこそ残してくれた、ヴィラ=ロボス青春時代の貴重な一枚。
 現在NAXOS公式サイトでもCDは入手不可扱いとなっている旧録音。
 有名曲ではない。けれどヴィラ=ロボスという怪物がどこから生まれてきたのかを知るには、むしろこんなアルバムのほうが面白い。




8.223178
\3000→\2290
ミャスコフスキー:ピアノ・ソナタ第6番-第9番

ピアノ・ソナタ第6番変イ長調 Op.64-2
 I. Allegro ma non troppo 7:13
 II. Andante con sentimento 6:34
 III. Molto vivo 6:34

ピアノ・ソナタ第7番ハ長調 Op.82
 I. ソナタ(Allegro moderato) 4:06
 II. エレジー(Andante pensieroso) 3:56
 III. 舞曲-ロンド(Allegro giocoso) 2:41

ピアノ・ソナタ第8番ニ短調 Op.83
 I. 舟歌-ソナチネ(Allegretto) 5:24
 II. 歌-牧歌(Andante cantabile) 4:06
 III. 輪舞-ロンド(Vivo) 3:47

ピアノ・ソナタ第9番ヘ長調 Op.84
 I. 明るい情景-ソナチネ(Allegro non troppo) 4:38
 II. 物語(Andante sostenuto) 4:20
 III. 抑えがたい前進-ロンド(Molto vivo) 3:23
エンドレ・ヘゲドゥシュ(P)


録音:1988年9月17~21日、ブダペスト、リスト音楽院コンサート・ホール
総収録時間:56:42
CD発売:1991年5月。

 これはミャスコフスキー好きなら、ちょっと見逃せない。
 27曲もの交響曲を書いた「ソヴィエト交響曲の父」。
 しかし彼が9曲ものピアノ・ソナタを残していたことは、意外に知られていない。


 しかもこのMARCO POLO 盤に収められているのは、その後半、第6番から最後の第9番まで。
 ただ4曲を並べただけではない。
 若き日の自分を振り返った作品と、死を目前にした最晩年の3作品が、1枚のCDの中で向き合っている。

 第6番変イ長調は、もともと1908年、まだ20代だったミャスコフスキーが構想した作品を、36年後の1944年に大きく作り直したもの。
 若き日のロマンティックな抒情を、円熟した作曲家が遠い記憶を見るように磨き直した作品である。
 親しみやすく柔らかな主題が現れる一方、ときおり翳りを帯びた和声が顔を覗かせる。
 ミャスコフスキーというと重く暗い交響曲を想像する人には、かなり意外な音楽かもしれない。

 そして本当に聴いてほしいのは、ここから。

 続く第7番、第8番、第9番。
 この3曲はすべて1949年に書かれた。
 ミャスコフスキーが亡くなる、そのわずか1年前である。

 しかもその前年1948年、ソヴィエト音楽界ではあの悪名高い「形式主義批判」が吹き荒れた。
 ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ハチャトゥリアン――そしてミャスコフスキーもまた、その標的となった。

 そんな時代の直後に書かれた最後の3つのピアノ・ソナタ。

 ところが、ここから聞こえてくる音楽は、絶叫でも告発でもない。
 むしろ驚くほど簡潔で、透明で、静かで、どこか昔を懐かしむような音楽なのである。

 第7番はわずか10分余り。
 中央には「エレジー」、終楽章には「舞曲-ロンド」。
 第8番には「舟歌」「歌-牧歌」「輪舞」。
 そして最後の第9番には「明るい情景」「物語」、そして最後に「抑えがたい前進」という題まで現れる。

 これが、27曲の交響曲を書き、20世紀ロシア音楽の激動をほとんど丸ごと生き抜いた男が、人生の最後にたどり着いたピアノ音楽だった。

 もちろん、これらを政治への抵抗や告白として単純に読むことはできない。
 しかし1948年の出来事を知ったうえで、この穏やかで澄んだ音楽を聴くと、やはり胸に迫ってくるものがある。

 複雑なことを言おうとしない。
 巨大な構築物を作ろうともしない。
 ただ旋律があり、昔ながらのロンドや舟歌があり、静かな哀愁がある。
 そして最後には、なお前へ進もうとする音楽がある。

 ミャスコフスキー最後のピアノ・ソナタ第9番。
 その終楽章の題は「抑えがたい前進」。


 翌1950年、ミャスコフスキーは69歳で世を去る。
 そう思ってこの最後の3分23秒を聴くと、この何気ないタイトルが急に重みを持ってくる。

 ハンガリーの名手エンドレ・ヘゲデュシュによる演奏。
 MARCO POLOは彼を起用して、ミャスコフスキーの全9曲のピアノ・ソナタを3枚にわたって録音した。
 これはその第2巻。

 華やかな有名曲は一曲もない。
 しかしこういうアルバムを30年以上前にきちんと録音して残していた。
 これこそMARCO POLO というレーベルの存在理由をそのまま示すような一枚である。




8.223189
\3000→\2290
ピエルネ:
 フルート・ソナタ Op. 36
 ピアノ三重奏曲



フルート・ソナタ ニ短調 Op.36
 I. Allegretto 9:47
 II. Allegretto tranquillo 6:58
 III. Andante non troppo - Allegro un poco agitato 7:35
 イシュトヴァーン・マテューズ(Fl)
 ノルベルト・セレチェーニ(P)

ピアノ三重奏曲 ハ短調 Op.45
 I. Agite, de mouvement et de sentiment 18:55
 II. Allegretto scherzando 9:33
 III. Moderement lent 14:05
 ベーラ・バーンファルヴィ(Vn)
 カタリン・ヴァス(Vc)
 ノルベルト・セレチェーニ(P)

イシュトヴァーン・マテューズ(Fl)
ノルベルト・セレチェーニ(P)
ベーラ・バーンファルヴィ(Vn)
カタリン・ヴァス(Vc)

録音:1988年6月4日、10日、ブダペスト、イタリア文化会館
総収録時間:約66分53秒
CD発売:1991年5月。

 フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルだけではない。
 フランス近代室内楽の「もうひとつの名品」を2曲収めた、いかにもMARCO POLOらしい一枚。


 ガブリエル・ピエルネ。
 名前は知っている。でもその作品を何曲知っているか、と聞かれると困ってしまう。
 そんな作曲家のひとりかもしれない。

 しかしピエルネは、パリ音楽院でセザール・フランクにオルガンを、マスネに作曲を学び、フランクの後任としてサント=クロティルド教会のオルガニストまで務めた人物。
 さらに指揮者としても活躍し、当時のフランス音楽界の中心にいた大物である。

 そしてこのアルバム、最初のフルート・ソナタから実に美しい。

 じつはこのOp.36、もともとは1900年に書かれたヴァイオリン・ソナタ。
 しかも献呈された相手は、あの大ヴァイオリニスト、ジャック・ティボーだった。

 その後フルートでも演奏できる形となり、このMARCO POLO盤ではフルートによって聴く。

 これがじつによく似合う。
 フランク譲りのしっかりした構成を持ちながら、音楽は重たくならない。
 柔らかく流れる旋律、淡く移り変わる和声、そしてどこか夢を見るような第2楽章。

 フォーレからドビュッシーへ向かうフランス音楽の空気を思わせながら、そのどちらとも違う。
 気品があるのに堅苦しくない。甘いのに甘ったるくない。
 これがピエルネという人の何とも粋なところ。


 そして後半。
 こちらがさらにすごい。

 ピアノ三重奏曲ハ短調 Op.45。

 1920~21年、ピエルネが50代後半に書き上げた、演奏時間40分を超える堂々たる大作である。

 第1楽章だけで約19分。
 冒頭からただならぬ緊張感を漂わせ、ヴァイオリン、チェロ、ピアノが巨大な音楽を築いていく。
 これは「洒落たフランス小品」のピエルネとはまるで違う。
 ブラームスやフランクの伝統を背負った、本気のピアノ三重奏曲である。

 しかしそこへフランス人ピエルネならではの透明な色彩、軽やかなリズム、ふっと光が差すような響きが現れる。
 第2楽章では音楽が一転して身軽になり、そして第3楽章では静かな導入から大きな変奏的展開へと発展していく。

 しかも、この曲の初演者を知ると驚く。

 ヴァイオリンはジョルジュ・エネスコ。
 チェロはジェラール・ヘッキング。
 そしてピアノは――ガブリエル・ピエルネ本人。


 1922年2月11日、パリ。
 そんなとんでもない顔ぶれによってこの大作は世に送り出されたのである。

 そう考えると、この曲が当時いかに本格的な作品として扱われていたかが分かる。

 それなのに現在、ピエルネのピアノ三重奏曲を日常的に耳にする機会はほとんどない。
 作品がつまらないからではない。
 単に巨大なフランス近代のレパートリーの陰に隠れてしまったのである。

 だからこそMARCO POLO

 誰もが知っている名曲をもう一度録音するのではなく、
 「こんなすごい曲があるのに、どうしてみんな聴かないんだ」
 という作品を真正面から録音して残してくれる。

 ティボーのために書かれたソナタ。
 そしてエネスコ、ヘッキング、ピエルネ自身によって初演された40分を超える大三重奏曲。

 この2曲を一枚に収めたところに、MARCO POLOというレーベルの真骨頂がある。
 知られざるフランス室内楽を掘り起こしたい人には、これはかなり面白い一枚。




8.223248
\3000→\2290
シマノフスキ:

交響曲第1番ヘ短調 Op.15
 I. Allegro pathetique
 II. Allegretto con moto grazioso

交響曲第2番変ロ長調 Op.19
 I. Allegro moderato - Grazioso
 II. Tema. Lento - Variazioni - Fuga
ポーランド国立カトヴィツェ・フィルハーモニー管弦楽団
カロル・ストリージャ(指揮)
録音:1988年11~12月、カトヴィツェ。


録音:1988年11~12月、カトヴィツェ。

 われわれが知っている「あのシマノフスキ」が生まれる、その直前を聴く2つの交響曲。


 シマノフスキといえば、妖しく官能的なヴァイオリン協奏曲第1番、《神話》、交響曲第3番《夜の歌》……。
 色彩が揺らめき、和声が溶け合い、どこか異国的な香りが漂う、20世紀ポーランドを代表する作曲家。

 ところが、このアルバムに収められている第1番と第2番には、まだそのシマノフスキは完全には現れていない。

 では、そこにいるのは誰なのか。

 ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、そしてスクリャービン。
 世紀末ヨーロッパの巨大な音楽に圧倒されながら、自分自身の言葉を必死に探している若きシマノフスキである。

 1906~07年に書かれた交響曲第1番。
 シマノフスキはまだ20代半ば。

 いきなり凄まじい。
 第1楽章の表題からして「Allegro pathetique(悲愴的なアレグロ)」。
 巨大なオーケストラが押し寄せ、濃厚な和声がぶつかり合う。
 若い作曲家が「交響曲というものを書いてやる」と全力で突進しているような音楽である。

 ところがシマノフスキ本人は、のちにこの作品をかなり厳しく評価した。
 結局、作品は2楽章だけの姿で残された。

 しかし――
 失敗作だから面白くない、ということにはまったくならない。

 むしろ後年の洗練されたシマノフスキからは想像できないほど、若々しく、過剰で、むき出しのエネルギーがある。
 「まだ自分の言葉を手に入れていない天才」の音楽を聴く面白さがある。

 そして数年後。

 交響曲第2番変ロ長調 Op.19。

 ここで状況が一変する。

 第1番にあったリヒャルト・シュトラウス的な巨大さはまだ残っている。
 しかしオーケストラの扱いははるかに巧みになり、和声はさらに大胆になり、音楽はぐっと個性的になる。

 第1楽章ではヴァイオリン独奏まで重要な役割を果たし、巨大な交響曲でありながら、ときに室内楽のように繊細な音の絡み合いを見せる。

 そして第2楽章がすごい。

 主題と変奏、そして最後は巨大なフーガ。

 つまり若きシマノフスキは、もっとも古典的で厳格な形式を使って、自分の新しい音楽を作ろうとしている。
 濃厚な後期ロマン派の響きと、恐ろしく緻密な対位法。
 その二つが最後には巨大な奔流となって押し寄せる。

 第1番から、わずか数年。

 第1番では巨大な後期ロマン派音楽の中でもがいていた若者が、第2番ではもう、その巨大な語法を自分のものにし始めている。

 そしてこのあとシマノフスキは、1910年代に入ると印象主義やスクリャービン、さらには地中海・イスラム文化からの刺激を吸収し、《神話》《メトープ》、ヴァイオリン協奏曲第1番、そして交響曲第3番《夜の歌》という、あの唯一無二の世界へ向かっていく。

 だからこの2曲は面白い。

 完成された天才の名作を並べたアルバムではない。
 天才が自分自身の音楽を発見していく、その瞬間を2つの交響曲で追いかけるアルバムなのである。

 しかも演奏はポーランド勢。
 ポーランド国立カトヴィツェ・フィルを振るのは、ポーランド音楽の紹介に大きな役割を果たしたカロル・ストリージャ。

 MARCO POLOはストリージャとこのオーケストラを起用し、シマノフスキの管弦楽作品を体系的に録音していた。

 有名な《夜の歌》だけではない。
 その前に、こんな猛烈なシマノフスキがいた。

 「完成された名曲」だけではなく、「大作曲家が大作曲家になる瞬間」まで録音して残す。
 これもまた、いかにもMARCO POLO らしい一枚。





8.223251
\3000→\2290
シュポア:弦楽四重奏曲全集 第1集
 弦楽四重奏曲第27番 ニ短調 Op. 84-1
 弦楽四重奏曲第28番


弦楽四重奏曲第27番 ニ短調 Op.84-1
 I. Allegro vivace 10:19
 II. Larghetto 6:04
 III. Scherzo 5:02
 IV. Finale: Allegro 6:13

弦楽四重奏曲第28番 変イ長調 Op.84-2
 I. Allegro 10:51
 II. Adagio 5:56
 III. Scherzo 6:06
 IV. Rondo: Allegretto 7:15
新ブダペスト四重奏団



CD発売:1991年5月。
録音:1989年3月17~25日、ブダペスト。

 シュポアの弦楽四重奏曲全集。
 しかも全36曲。

 そんな途方もない企画を、本当にやってしまったのがMARCO POLOだった。


 ルイ・シュポア。

 現在ではヴァイオリン協奏曲やクラリネット協奏曲などが時折演奏される程度だが、19世紀前半のヨーロッパでは大きな名声を誇った作曲家であり、ヴァイオリンの大ヴィルトゥオーゾでもあった。

 そしてシュポアが生涯に残した弦楽四重奏曲は――

 なんと36曲。

 ベートーヴェンは16曲。
 シューベルトは15曲。

 もちろん作品数だけで価値が決まるわけではない。
 しかしシュポアが弦楽四重奏というジャンルにどれほど長く、深く関わっていたかは、この数字だけでも分かる。

 そしてMARCO POLO は、誰もが知っている数曲だけを抜き出すのではなく、

 「では36曲、全部録音してみよう。」

 と考えた。

 いかにもこのレーベルらしい。

 その全集シリーズ第1集に収められたのが、第27番ニ短調と第28番変イ長調。
 いずれもOp.84としてまとめられた3曲の四重奏曲のうちの2曲で、1831~32年頃に書かれた作品である。

 1832年。

 ベートーヴェンが亡くなって、まだ5年。
 シューベルトが亡くなって4年。
 そしてブラームスが生まれる、その前年。


 こうして並べてみると、シュポアが実に面白い場所に立っていたことが分かる。

 モーツァルト、ベートーヴェンの時代を実際に生きた音楽家でありながら、その先にやってくるメンデルスゾーン、シューマン、ブラームスのロマン派世界にも足を踏み入れている。

 古典派からロマン派へ。
 その橋の上にいた作曲家。


 それがシュポアだった。

 まず第27番ニ短調。

 冒頭から意外なほど暗い。
 厳しく、深刻な表情を持った主題が現れ、第1ヴァイオリンが華麗に動いても、ほかの3人が作り出す陰影によって音楽は簡単には明るくならない。

 第2楽章Larghettoでは一転して、シュポアらしい美しい「歌」が現れる。

 大ヴァイオリニストだった人だけに、弦楽器にどう歌わせれば美しく響くかを知り尽くしている。

 そしてScherzoを経てFinaleへ。

 ニ短調で始まった作品は、さまざまな表情を見せながら、最後にはニ長調へ到達する。

 暗闇から光へ。

 ベートーヴェン的な劇的闘争とはまた違うけれど、四重奏曲全体に一本のドラマが通っている。

 一方、第28番変イ長調は雰囲気がまるで違う。

 優雅で、穏やかで、よく歌う。
 Adagioには素朴な美しさがあり、終楽章Rondoまで流麗な音楽が続いていく。

 つまり同じOp.84に属しながら、

 第27番=暗く劇的。
 第28番=明るく優雅。


 対照的な2曲を一枚で楽しめるのである。

 そして聴いているうちに、ひとつ不思議なことに気づく。

 われわれは19世紀の弦楽四重奏の歴史を、どうしても

 ハイドン → モーツァルト → ベートーヴェン → シューベルト → メンデルスゾーン → シューマン → ブラームス

 という一本道で考えてしまう。

 しかし実際の音楽史は、そんな一本道ではなかった。

 そのすぐ隣で、当時ヨーロッパ屈指の音楽家として知られたシュポアが、延々と弦楽四重奏曲を書き続けていた。

 36曲も。

 それなのに今日、その世界をまとめて聴く機会はほとんどない。

 だからMARCO POLO は録音した。

 有名だから録音するのではない。
 音楽史に存在するから、録音する。


 このシュポア弦楽四重奏曲全集ほど、MARCO POLOというレーベルの姿勢を分かりやすく示すシリーズもないかもしれない。

 演奏は新ブダペスト四重奏団。
 この知られざる巨大な四重奏曲群を真正面から取り上げた、MARCO POLOならではのシリーズ。

 シュポアに弦楽四重奏曲が36曲もあった。

 まずその事実に驚く。
 そして聴いてみると、さらに驚く。

 われわれが知っている音楽史のすぐ隣には、まだこんな世界が残っていた。






8.223268
\3000→\2290

ニコライ・メトネル


ピアノ・ソナタ ヘ短調 Op.5
 I. Allegro
 II. Intermezzo: Allegro
 III. Largo divoto
 IV. Finale: Allegro risoluto

3つのピアノ・ソナタ Op.11「三部作(Triad)」
 第1番変イ長調
  Allegro non troppo
 第2番ニ短調「エレジー」
  Andante molto espressivo
 第3番ハ長調
  Allegro moderato
アダム・フェレギ(P)


アダム・フェレギ(P)
CD発売:1991年5月。

 ラフマニノフでもない。
 スクリャービンでもない。
 20世紀ロシア・ピアノ音楽には、もう一人、とんでもない男がいた。


 ニコライ・メトネル。

 ラフマニノフとほぼ同世代に生まれたロシアのピアニスト=作曲家。
 しかしラフマニノフほど華麗でもなく、スクリャービンのように前衛へ突き進むこともなかった。

 そのため長い間、二人の巨大な影に隠れてしまった。

 しかしピアノ好きが一度メトネルにはまると、なかなか抜け出せない。

 なぜなら、この人のピアノ音楽は恐ろしく濃い。

 旋律が次の旋律を生み、内声が動き、リズムが絡み合い、最初は何気なく聞こえた小さな動機が、いつの間にか巨大な音楽へ成長していく。
 派手な効果で聴かせるのではなく、聴けば聴くほど内部から面白さが湧き出してくる。

 そんなメトネルの初期を一気に聴けるのが、このMARCO POLO盤。

 まずピアノ・ソナタ ヘ短調 Op.5。

 1901~03年ごろ、まだ20代前半のメトネルが書いた最初期の大作ソナタである。

 若い。
 そして、とにかく熱い。

 冒頭から押し寄せる暗い情熱。
 ロシア的な憂愁を帯びた旋律。
 そこへドイツ・ロマン派を思わせる緻密な構成が組み合わされる。

 若い作曲家の作品なのに、すでに「ピアノで何ができるか」を知り尽くしているような書法。

 そして第3楽章「Largo divoto(敬虔に)」。
 ここで音楽は突然、深い静けさの中へ沈み込む。
 その静寂を破って始まる終楽章。
 これまで現れたものを巻き込みながら、音楽は巨大なクライマックスへ向かっていく。

 これが20代前半の作品なのか。

 そう思わせるだけの重量感がある。

 そして後半が3つのピアノ・ソナタ Op.11「三部作」。

 ここがさらに面白い。

 巨大な4楽章ソナタだったOp.5に対して、今度は音楽をぎゅっと凝縮する。
 変イ長調、ニ短調、ハ長調。
 それぞれ独立して演奏できる3つのソナタを、ひとつの「三部作」としてまとめた作品である。

 そしてこの3曲は、亡くなった弟を追悼して書かれたとされる作品でもある。

 とりわけ中央の第2番には、はっきりと「エレジー」と記されている。

 ここで聴こえてくるメトネルは、Op.5の若々しい激情とは違う。
 静かで、内省的で、しかし感情は恐ろしく深い。

 そして第3番へ。
 音楽は再び動き始める。

 巨大なOp.5。
 凝縮されたOp.11。


 わずか数年の間に、若いメトネルが自分だけの語法を急速に作り上げていく。

 この2作品を続けて聴くと、それがよく分かる。

 メトネルは、決して「ラフマニノフに似た知られざるロシア作曲家」ではない。

 ラフマニノフのような大きな旋律の波とも違う。
 スクリャービンのような陶酔とも違う。

 もっと頑固で、もっと緻密で、もっと内側へ向かっていく。

 ちなみにラフマニノフ自身はメトネルを高く評価し、二人は親しい友人でもあった。
 ラフマニノフはピアノ協奏曲第4番をメトネルに献呈し、メトネルはピアノ協奏曲第2番をラフマニノフに献呈している。

 つまりこの二人はライバルというより、互いの才能を認め合っていた同時代人だったのである。

 演奏はハンガリーのピアニスト、アダム・フェレギ。
 MARCO POLOはまだメトネルが現在ほど録音に恵まれていなかった時代から、そのピアノ作品を積極的に録音していた。

 ラフマニノフでもスクリャービンでもない。
 しかし一度その世界へ入り込むと、これほど面白い作曲家もなかなかいない。

 若きメトネルの巨大なOp.5と、凝縮されたOp.11「三部作」。
 メトネルという作曲家への入口としても、実に魅力的なMARCO POLO旧盤。




8.223278
\3000→\2290

アレクサンデル・モイゼス:

ゲメルの踊り Op.51
 スロヴァキア中南部ゲメル地方の民俗的素材を生かした管弦楽舞曲集

ヴァーフ川を下って
 スロヴァキアを流れる大河ヴァーフ川を題材とした音楽

ポフロニエ舞曲
 フロン川流域ポフロニエ地方の民俗舞曲に基づく管弦楽作品
スロヴァキア放送交響楽団
オンドレイ・レナールト(指揮)

録音:1989年1月23~26日、ブラティスラヴァ。
CD発売:1991年5月。

 アレクサンデル・モイゼス。
 ……誰?

 そう思った人にこそ、このCDを聴いてほしい。


 1906年、現在のスロヴァキアに生まれた作曲家アレクサンデル・モイゼス。
 スロヴァキア近代音楽を築いた中心人物のひとりで、12曲の交響曲をはじめ、協奏曲、室内楽、管弦楽曲など大量の作品を残した。

 しかし日本でその名前を聞く機会は、ほとんどない。

 そんな作曲家の音楽を、地元スロヴァキアのオーケストラと指揮者で録音して世界へ紹介してしまう。

 これぞMARCO POLO 。

 しかも、このアルバムは難しくない。
 むしろ楽しい。

 収められている3作品に共通するのは、スロヴァキアの土地そのものである。

 最初の《ゲメルの踊り》Op.51。

 ゲメルはスロヴァキア中南部の歴史的地域。
 モイゼスはこの地方の民俗的な音楽素材を取り込み、色彩豊かなオーケストラ作品へと仕立てた。

 民謡風の旋律。
 跳ねるようなリズム。
 素朴な歌が聞こえたと思ったら、突然オーケストラが華やかに弾ける。

 バルトークほど尖っていない。
 コダーイほど有名でもない。
 でも、この土臭さと色彩感は実に魅力的。


 そして《ヴァーフ川を下って》。

 ヴァーフ川はスロヴァキアを代表する大河。
 北部の山岳地帯から流れ出し、国土を縦断するように南西へ向かって流れていく。

 タイトルどおり、音楽を聴いていると、まるでその川に沿ってスロヴァキアを旅しているよう。

 穏やかな風景。
 村の歌。
 突然現れる舞曲。
 そしてまた川は流れていく。

 スメタナの《モルダウ》とはもちろん音楽も構成も違う。
 しかし「川を通して祖国の風景を見る」という発想には、どこか同じ中欧の匂いが漂う。

 最後は《ポフロニエ舞曲》。

 ポフロニエとは、スロヴァキア中央部を流れるフロン川流域の地方。
 ここでもモイゼスは土地に伝わる民俗舞曲の世界を、鮮やかな管弦楽へと変えていく。

 つまりこのCD――

 ゲメル地方。
 ヴァーフ川。
 ポフロニエ地方。


 3曲を続けて聴くと、ほとんど「音楽で巡るスロヴァキア旅行」なのである。

 そして演奏がいい。

 オーケストラはスロヴァキア放送交響楽団。
 指揮はオンドレイ・レナールト。

 つまり、自分たちの国の作曲家が、自分たちの土地の民謡や風景から作った音楽を、自分たちのオーケストラが演奏している。

 こういう録音には、世界的名門オーケストラを連れてきても出せない味がある。

 そして、ここにMARCO POLO というレーベルの面白さがある。

 もしこのレーベルがなかったら、われわれはアレクサンデル・モイゼスという名前すら知らないままだったかもしれない。

 しかし世界には、ベートーヴェンやブラームスやチャイコフスキーだけがいたわけではない。
 それぞれの国に、それぞれの土地の言葉で音楽を書いた作曲家がいた。

 知らない作曲家。
 知らない曲。
 知らない土地。

 だから面白い。


 有名曲の別演奏をもう一枚増やすのではなく、
 「世界には、こんな音楽もあるんですよ」
 と扉を開いてくれる。

 スロヴァキアの村、川、踊り。
 CD一枚で知らない国へ連れて




8.223290
\3000→\2290
シマノフスキ:
 交響曲第3番「夜の歌」Op. 27
 交響曲第4番「協奏交響曲」Op. 60
 演奏会用序曲 Op. 12



交響曲第3番「夜の歌」Op.27 24:19
 テノール独唱、合唱と大管弦楽のための交響曲
 ジャラール・ウッディーン・ルーミーの詩による

交響曲第4番「協奏交響曲」Op.60
 I. Moderato 10:21
 II. Andante molto sostenuto - III. Allegro non troppo 15:11

演奏会用序曲 Op.12 13:47
ヴィエスワフ・オフマン(T)
タデウシュ・ツムジンスキー(P)
ポーランド国立カトヴィツェ・フィル合唱団&管弦楽団
カロル・ストリージャ(指揮)

ヴィエスワフ・オフマン(T)
タデウシュ・ツムジンスキー(P)
ポーランド国立カトヴィツェ・フィル合唱団&管弦楽団
カロル・ストリージャ(指揮)

録音:1989年、カトヴィツェ。

 これ一枚で、シマノフスキという作曲家がどれほど変貌したかが分かる。

 若き日の華麗な《演奏会用序曲》。
 官能と神秘の極致、交響曲第3番《夜の歌》。
 そして最後にたどり着いた、ポーランドの大地と結びついた交響曲第4番《協奏交響曲》。

 同じ人が書いたとは思えない。

 まず交響曲第3番《夜の歌》Op.27。

 これは普通の交響曲ではない。

 巨大なオーケストラ。
 テノール独唱。
 混声合唱。

 そして歌われるのは、13世紀ペルシャの神秘主義詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの詩。

 夜。星。神秘。陶酔。
 人間と宇宙が溶け合っていくような世界。

 1914~16年。
 シマノフスキがもっとも官能的で、もっとも幻想的な音楽を書いていた時代に生まれた作品である。

 冒頭から空気が違う。

 どこか遠くから光が差し込むようにオーケストラが鳴り始め、やがて独唱と合唱が加わる。
 音楽は「進んでいく」というより、巨大な夜の中へ少しずつ沈み込んでいく。

 ドビュッシーとも違う。
 スクリャービンとも違う。
 リヒャルト・シュトラウスとも違う。

 ここでついに、誰にも似ていないシマノフスキが現れる。

 しかも題材はキリスト教世界ではなく、ペルシャのイスラム神秘主義詩人ルーミー。

 シマノフスキがこの時期に惹かれていた、東方世界、地中海、イスラム文化への憧れが、巨大な交響作品となって結晶した。

 これがシマノフスキ中期の頂点。

 ところが、その約16年後。

 同じ作曲家が書いた交響曲第4番《協奏交響曲》Op.60を聴くと、世界がまるで変わっている。

 今度はピアノ独奏とオーケストラ。
 実質的にはピアノ協奏曲に近い作品である。

 しかも――

 このピアノを弾くために想定されていたのは、シマノフスキ本人だった。

 1932年。
 音楽院の職を離れ、経済的にも苦しくなっていたシマノフスキは、自分自身が演奏旅行で弾ける作品を必要としていた。

 しかしシマノフスキは、超絶技巧を売り物にするタイプのピアニストではない。

 そこで、自分でも演奏でき、しかも華やかな効果を上げられる作品を書いた。

 それが《協奏交響曲》だった。

 だからピアノは華麗に活躍するものの、ラフマニノフやプロコフィエフの協奏曲のように、独奏者だけが前面へ飛び出す作品ではない。

 ピアノが巨大なオーケストラの一員となって、一緒に色彩を作っていく。

 そして何より、音楽が明るい。

 《夜の歌》にあった妖しく漂うような官能性から離れ、リズムは明確になり、旋律は素朴になり、音楽にはポーランドの大地の匂いがする。

 終楽章では、ポーランドの民俗舞曲オベレクを思わせる猛烈なリズムが炸裂する。

 これがすごい。

 踊る。
 跳ねる。
 ピアノが走る。
 オーケストラが煽る。


 1932年10月9日、ポズナンでの世界初演。
 指揮は盟友グジェゴシュ・フィテルベルク。

 そしてピアノ独奏は――

 シマノフスキ本人。

 演奏は大成功。
 シマノフスキ自身がその興奮を手紙に書き残している。

 なんと終楽章を、まるごとアンコールしたという。

 晩年の難解な大作曲家が書いた、ありがたい「現代音楽」ではない。

 初演会場が沸き、最後の楽章をもう一度やった。

 そう思って聴くと、この終楽章の猛烈な生命力がぐっと身近になる。

 そしてもう一曲、《演奏会用序曲》Op.12。

 これは一転して若き日のシマノフスキ。

 まだ20代。
 リヒャルト・シュトラウスを思わせる巨大で華麗なオーケストラ。
 上昇していくような勢い。
 「これから大作曲家になってやる」という若者の野心が、そのまま音になったような作品である。

 そして、この3曲を並べてみる。

 《演奏会用序曲》――ヨーロッパ後期ロマン派に憧れた青年。

 《夜の歌》――東方世界と神秘主義に出会い、誰にも似ていない音楽を作り上げた壮年期。

 《協奏交響曲》――最後にポーランドへ帰り、自国のリズムから新しい音楽を生み出した晩年。


 シマノフスキは、一生同じ音楽を書き続けた作曲家ではなかった。

 何度も自分を壊し、何度も新しい自分を作った。

 だから面白い。

 そして演奏は、ヴィエスワフ・オフマン、タデウシュ・ツムジンスキー、カロル・ストリージャ指揮ポーランド国立カトヴィツェ・フィル。

 作曲家の祖国ポーランドの演奏家たちによる録音である。

 若き日の野心。
 中期の妖しい夜。
 晩年の猛烈な踊り。

 シマノフスキの一生を、一枚のCDで駆け抜ける。

 MARCO POLO のシマノフスキ・シリーズの中でも、まず聴いてほしい強力な一枚。




8.223292
\3000→\2290

バレエ・パントマイム「ハルナシェ」Op.55
 シマノフスキ晩年を代表する大作。
 ポーランド南部タトラ山地の山岳民(グラル)の音楽と伝承を背景としたバレエ・パントマイム。

パントマイム「マンドラゴラ」Op.43
 シマノフスキ中期の舞台作品。

練習曲 変ロ短調 Op.4-3
 グジェゴシュ・フィテルベルクによる管弦楽編曲版。
ヘンリク・グリフニク(T)
スタニスラフ・メウス(T)
ポーランド国立カトヴィツェ・フィル合唱団&管弦楽団
カロル・ストリージャ(指揮)

録音:1989年1月28~29日、カトヴィツェ。


ヘンリク・グリフニク(T)
スタニスラフ・メウス(T)
ポーランド国立カトヴィツェ・フィル合唱団&管弦楽団
カロル・ストリージャ(指揮)

録音:1989年1月28~29日、カトヴィツェ。

 もしシマノフスキを「ポーランドの印象主義的な作曲家」と思っていたら、《ハルナシェ》を聴いてほしい。


 ここには《夜の歌》の妖艶なシマノフスキとも、《神話》の幻想的なシマノフスキとも違う、もうひとりのシマノフスキがいる。

 土の匂いがする。
 山の風が吹く。
 男たちが叫び、踊る。

 そしてオーケストラが爆発する。


 《ハルナシェ》Op.55。
 シマノフスキ晩年を代表するバレエ・パントマイムである。

 舞台となるのはポーランド南部、タトラ山地。
 この地方に暮らす山岳民グラルの文化に、シマノフスキは強烈に惹かれていた。

 1920年代、彼はザコパネ周辺の民俗音楽に接し、その荒々しいリズム、独特な旋律、ヴァイオリンの奏法などを、自らの音楽の中へ取り込んでいく。

 しかし、ここが重要。

 シマノフスキは民謡をきれいに管弦楽化しただけではない。

 若いころに吸収したドイツ後期ロマン派。
 その後にたどり着いたフランス印象主義やスクリャービン的な官能性。
 そして最後に出会った、ポーランド山岳地方の原始的なエネルギー。

 それら全部が《ハルナシェ》でぶつかり合う。

 だからこれは単なる「民族舞曲」ではない。
 20世紀最高峰の巨大な民族バレエのひとつと言っていい作品なのである。

 物語の中心となるのは「ハルナシ」と呼ばれる山賊の首領。
 結婚式の最中、山賊たちが乱入し、首領が花嫁をさらっていく――という、いかにも民間伝承らしい荒々しい物語。

 しかし何よりすごいのは音楽。

 静かな山の気配から始まったかと思えば、突然鋭いリズムが飛び出す。
 民俗的な旋律が現れ、それを巨大なオーケストラが飲み込み、次第に音楽全体が熱狂していく。

 そこへ男声の歌まで加わる。

 上品ではない。
 洗練されすぎてもいない。
 荒っぽい。野性的。猛烈。


 ところが響きそのものは紛れもなくシマノフスキ。
 複雑で、色彩的で、恐ろしく精巧なのである。

 考えてみれば、これはシマノフスキが長い旅の末にたどり着いた場所だった。

 若いころはリヒャルト・シュトラウスやワーグナーの影響を受けた。
 そこからスクリャービンやフランス近代音楽へ向かった。
 地中海やイスラム文化にも魅せられた。

 そして最後に――

 自分の国へ帰ってきた。

 しかも単純な民族主義ではない。
 それまで吸収してきたヨーロッパのあらゆる音楽を抱えたまま、ポーランドの山岳民の音楽と出会った。

 その答えが《ハルナシェ》だった。

 そしてこのMARCO POLO 盤がいいのは、《ハルナシェ》だけではないこと。

 《マンドラゴラ》Op.43では、もっと洒落た、軽妙で幻想的な舞台音楽のシマノフスキに出会える。

 さらに最後には、若き日の練習曲変ロ短調 Op.4-3。

 もともとはピアノ曲。
 シマノフスキ初期の作品の中でも特に知られた一曲を、親友であり盟友でもあったポーランドの指揮者・作曲家グジェゴシュ・フィテルベルクが管弦楽化したもの。

 これがまた面白い。

 若き日の濃厚なロマンティシズム。
 中期の洗練された舞台音楽。
 そして晩年の《ハルナシェ》。


 つまりこの一枚の中に、シマノフスキの変貌が凝縮されている。

 そして演奏は、これ以上ないほど土地に根ざした顔ぶれ。

 ポーランド国立カトヴィツェ・フィル。
 その合唱団。
 そして指揮はカロル・ストリージャ。

 ポーランドの作曲家が、ポーランドの山と人々から生み出した音楽を、ポーランドの演奏家たちが演奏する。

 MARCO POLO が1980年代に残したシマノフスキ録音の中でも、これは実に魅力的な一枚。

 《夜の歌》だけがシマノフスキではない。
 最後に彼がたどり着いたのは、もっと荒々しく、もっと土臭く、もっと生命力にあふれた音楽だった。

 山の風と、叫びと、踊り。
 シマノフスキ晩年の到達点《ハルナシェ》。




8.223318
\3000→\2290

フェレンツ・エルケル(1810-1893):オペラ・トランスクリプション集


 歌劇「バートリ・マーリア」より
  (1) 行進曲:マエストーソ

 歌劇「フニャディ・ラースロー」より
  (2) フニャディの「白鳥の歌」(第2版):アンダンテ・ソステヌート
  (3) フニャディ行進曲

 歌劇「エルジェーベト」より
  (4) ハンガリー人民の行進曲:序奏-行進曲

 歌劇「バーンク・バーン」より
  (5) 序奏:アンダンテ

 歌劇「シャロルタ」より
  (6) 序奏:アンダンティーノ-アレグロ
  (7) 第1幕フィナーレ-アンサンブル:アンダンテ-アレグロ
  (8) 舞曲:アレグロ

 歌劇「ドージャ・ジェルジュ」より
  (9) ロージャの死の歌:
    アレグロ・テンペストーソ-アンダンテ-テンポ I

シャーンドル・エルケル(1846-1900):
 フェレンツ・エルケルの歌劇「ブランコヴィチ」の主題によるポプリ

  (10) 行進曲:アレグロ・マルチャーレ
  (11) 第1幕フィナーレ-コロ:アレグロ
  (12) ロマンツァ「Miota lattam ?t」:アンダンティーノ
  (13) 第2幕フィナーレ-アンサンブル「Aldjon meg Isten」:
     モデラート・クアジ・アンダンティーノ
  (14) アリオーソ「De te sirsz, atyam」:アンダンティーノ
  (15) 合唱曲:アレグレット


※第1~9曲はフェレンツ・エルケル自身によるピアノ編曲。
 第10~15曲はシャーンドル・エルケルによる編曲。
イシュトヴァーン・カッシャイ(P)
録音:1990年2月6~8日、4月8~9日、5月15~17日、
   ブダペスト、イタリア文化会館

収録時間:62分39秒
CD発売:1991年1月

 ハンガリー国民オペラの父、エルケルが、自らの歌劇をピアノに移し替えた知られざる世界。

 フェレンツ・エルケルといえば、ハンガリー国歌の作曲者であり、19世紀ハンガリー・オペラを確立した最大の存在のひとり。《フニャディ・ラースロー》《バーンク・バーン》は 今なおハンガリーを代表する国民的オペラとして知られています。

 しかし、そのエルケル自身が自作のオペラをピアノ用に編曲していたことは、国外ではほとんど知られていないのではないでしょうか。

 本盤には、処女作《バートリ・マーリア》から《フニャディ・ラースロー》《バーンク・バーン》《シャロルタ》《ドージャ・ジェルジュ》まで、エルケル自身によるピアノ・トランスクリプションを収録。《フニャディ・ラースロー》の有名な行進曲から、劇的な「死の歌」、舞曲、序奏、フィナーレまで、オペラのさまざまな場面がピアノ一台に凝縮されています。

 そして後半には、息子シャーンドル・エルケルが父の歌劇《ブランコヴィチ》から編んだポプリを収録。父フェレンツは作曲家、息子シャーンドルは後にハンガリー国立歌劇場の中心的な指揮者となった人物。親子二代にわたる「エルケル家」の音楽まで一枚に収められているのも興味深いところです。

 華麗なヴィルトゥオーゾ・パラフレーズだけが19世紀のオペラ・トランスクリプションではありません。
 作曲者自身が、自分の舞台作品のどこを選び、どうピアノに残したのか。
 そんな視点で聴くと、これはちょっとほかにない一枚。

 こういう「存在すら知らなかった音楽」に突然出会わせてくれるところこそ、まさにMARCO POLOの真骨頂でしょう。




8.223334
\3000→\2290

シュニトケ:チェロ作品集
 チェロ協奏曲第1番
 ヴァイオリンとチェロのための「静寂の音楽」
 チェロ・ソナタ第1番


アルフレート・シュニトケ(1934-1998):

 チェロ協奏曲第1番(1985-86)
  (1) I. ペザンテ-モデラート 13:44
  (2) II. ラルゴ 9:31
  (3) III. アレグロ・ヴィヴァーチェ 3:39
  (4) IV. ラルゴ 9:48

 ヴァイオリンとチェロのための「静寂の音楽」
 (Stille Musik)(1979)

  (5) レント 6:30

 チェロ・ソナタ第1番(1978)
  (6) I. ラルゴ 3:34
  (7) II. プレスト 6:09
  (8) III. ラルゴ 11:15
マリア・クリーゲル(Vc)
ブルクハルト・ゴトホフ(Vn)
レイムンド・ハヴェニート(P)
ザールブリュッケン放送交響楽団
ゲルハルト・マルクソン(指揮)

収録時間:64分10秒
CD発売:1991年。

※チェロ協奏曲第1番は、シュニトケ自身の生死を分ける体験を挟んで完成された壮絶な作品。

 1985年春、ミュンヘンのガスタイク文化センター開館のための委嘱作品として着手され、名チェリスト、ナターリヤ・グートマンのために作曲された。当初は3楽章の協奏曲として構想されていたが、作曲途中の1985年7月、50歳のシュニトケは重い脳卒中に倒れる。数週間の入院を経て奇跡的に回復し、再び作曲机に向かったシュニトケは、その続きを驚くほど自然に書き進めることができたという。

 当初フィナーレとなるはずだった第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、わずか4分ほどの短く激烈な音楽となり、その後にまったく性格の異なる長大な第4楽章ラルゴが加えられた。ここでそれまでの苛烈な音楽は一転し、チェロの歌から巨大なコラールへと発展。苦悩と崩壊をくぐり抜けた後に、あたかも光が差し込むような終結へと向かう。

 1986年5月7日ミュンヘンで初演。独奏は献呈者ナターリヤ・グートマン、エリ・クラス指揮ミュンヘン・フィル。シュニトケの創作の転換点となった代表作のひとつ。

※「静寂の音楽」は1979年作曲、ヴァイオリンとチェロだけによる短いデュオ。ロシアの音楽学者ミハイル・ドルースキンに献呈され、同年秋パリでオレグ・カガンとナターリヤ・グートマンによって演奏された。タイトルどおり「沈黙」と、その沈黙の間に張りつめる緊張そのものを音楽にしたような作品。

※チェロ・ソナタ第1番は1978年作曲。こちらもナターリヤ・グートマンのために書かれた、シュニトケの室内楽を代表する作品のひとつ。3楽章は「ラルゴ-プレスト-ラルゴ」で切れ目なく続く。
 静かで不安定な第1楽章から、凶暴なほどの運動性をもつ第2楽章プレストへ突入し、最後は長大なラルゴへ。古典的な響き、調性と無調、静寂と暴力的な運動が衝突しながら、全体がひとつの巨大な独白のように進んでいく。

 1978年の《チェロ・ソナタ第1番》、1979年の《静寂の音楽》、そして生死の境を越えて完成された1985-86年の《チェロ協奏曲第1番》。
シュニトケがチェロという楽器に託した約8年間の歩みを、一枚で辿ることのできる非常に充実したアルバム。




8.223354
\3000→\2290

マスネ:管弦楽組曲集
 歌劇「エスクラルモンド」組曲
 管弦楽組曲第1番 Op.13
 歌劇「サンドリヨン」組曲


ジュール・マスネ(1842-1912):

 歌劇「エスクラルモンド」組曲
  (1) I. 喚起(Evocation) 6:30
  (2) II. 魔法の島(L'ile magique) 6:31
  (3) III. 婚礼(Hymenee) 4:39
  (4) IV. 森にて―牧歌-狩り
    (Dans la foret: Pastorale - Chasse) 5:44

 管弦楽組曲第1番 Op.13
  (5) I. 牧歌とフーガ 5:45
  (6) II. 変奏曲 5:33
  (7) III. 夜想曲 6:32
  (8) IV. 行進曲とストレット 6:51

 歌劇「サンドリヨン」組曲
  (9) I. 王女たちの行進曲 4:15
  (10) II. 貴族の娘たち 2:37
  (11) III. サンドリヨンのメヌエット 3:27
香港フィルハーモニー管弦楽団
ケネス・ジーン(指揮)

録音:1989年4月、香港、?湾(ツェンワン)タウンホール
収録時間:58分24秒
CD発売:1991年。

※マスネというと「マノン」「ウェルテル」「タイス」などオペラの作曲家という印象が圧倒的だが、本盤はその華麗なオーケストレーションそのものを楽しめる非常に魅力的な管弦楽アルバム。しかも選ばれた3作品によって、若き日のマスネから円熟期まで、30年以上にわたる管弦楽作法の変化を辿ることができる。

※管弦楽組曲第1番 Op.13は、ローマ大賞受賞後、ヴィラ・メディチ留学中の若きマスネが1865年頃に構想した初期作品。ヴェネツィア滞在中に着手され、パリ帰還前に完成されたとされる。
「牧歌とフーガ」「変奏曲」「夜想曲」「行進曲とストレット」の4曲からなり、後年のオペラ作曲家マスネを思わせる色彩的な管弦楽法がすでに姿を現している。

※歌劇「エスクラルモンド」は1889年、パリ万国博覧会の時期に初演されたマスネ壮年期の大作。中世の騎士物語を題材にした幻想的なオペラで、しばしばマスネ作品中もっとも壮大でワーグナー的な作品のひとつとされる。
 本組曲はその豪華な管弦楽部分から「喚起」「魔法の島」「婚礼」「森にて」の4場面をまとめたもの。神秘的な響きから婚礼、牧歌、狩りへと、オペラの幻想世界が声楽なしでも鮮やかに立ち上がる。

※歌劇「サンドリヨン」はシャルル・ペローの「シンデレラ」を原作とし、1894~96年に作曲、1899年5月24日にパリのオペラ=コミックで初演された4幕の「妖精物語」。初演は大成功を収めた。
 本盤の組曲では、宮廷の華やかな雰囲気を映す「王女たちの行進曲」「貴族の娘たち」、そしてフランス古典舞曲を思わせる優雅な「サンドリヨンのメヌエット」の3曲を収録。

 若き日の純粋管弦楽作品から、《エスクラルモンド》の妖しい幻想世界、《サンドリヨン》の華麗で優雅な宮廷世界へ――「オペラ作曲家マスネ」の陰に隠れた、優れたオーケストレーターとしてのマスネを味わえるMARCO POLOならではの一枚。




8.223356
\3000→\2290

シューベルト16歳頃の、断片で残された管楽八重奏曲を復元した珍品


ロマンティック・ウィンド・ミュージック
 シューベルト/ウェーバー/ラハナー


シューベルト:
 管楽八重奏曲 ヘ長調 D.72
  (1) I. アレグロ 5:41
  (2) II. アンダンテ 2:32
  (3) III. メヌエット 6:06
  (4) IV. フィナーレ:アレグロ 4:50

ウェーバー:
 アダージョとロンド 変ロ長調 J.Anh.31
  (5) I. アダージョ 2:45
  (6) II. ロンド 2:54

フランツ・ラハナー(1803-1890):
 管楽八重奏曲 変ロ長調 Op.156
  (7) I. アレグロ・モデラート 10:01
  (8) II. アダージョ 8:43
  (9) III. スケルツォ 5:18
  (10) IV. フィナーレ 6:34
ジャーマン・ウィンド・ソロイスツ

録音:1990年1月、ハイデルベルク、ヴァン・ゲースト・スタジオ
収録時間:55分24秒
CD発売:1992年1月。

 シューベルトの管楽八重奏曲 D.72は1813年、まだ16歳になる前後の時期に書かれた非常に珍しい作品。作品は不完全な形で残されており、現代の研究者によって復元されて演奏可能な形にされたもの。このMARCO POLO盤は当時の資料で世界初録音とされている。

 シューベルトの編成はオーボエ2、クラリネット2、ホルン2、ファゴット2。ウェーバーはクラリネット2、ホルン2、ファゴット2。ラハナーはフルート、オーボエ、クラリネット2、ホルン2、ファゴット2という編成。




8.223363
\3000→\2290

シュポア:交響曲第1番&第5番

ルイ・シュポア(1784-1859):

 交響曲第1番 変ホ長調 Op.20
  (1) I. アダージョ-アレグロ 12:48
  (2) II. ラルゲット・コン・モート 5:47
  (3) III. スケルツォ:アレグロ 7:09
  (4) IV. フィナーレ:アレグレット 9:30

 交響曲第5番 ハ短調 Op.102
  (5) I. アンダンテ-アレグロ 11:19
  (6) II. ラルゲット 6:32
  (7) III. スケルツォ 4:20
  (8) IV. フィナーレ:プレスト 7:14
スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団
アルフレート・ヴァルター(指揮)


録音:1990年11月30日~12月2日、コシツェ
収録時間:64分39秒
CD発売:1992年1月。

※ヴァイオリンの大ヴィルトゥオーゾとして知られるルイ・シュポアだが、交響曲作家としても第10番まで手掛けた。本盤は、その交響曲創作の出発点となった1811年の第1番と、26年後、円熟期の1837年に書かれた第5番を組み合わせた興味深い一枚。

※交響曲第1番は、1811年のフランケンハウゼン音楽祭のために作曲されたシュポア最初の交響曲。1811年3~4月に作曲され、同年4月25日にゴータで初演。その後5月20日にライプツィヒ・ゲヴァントハウスでも演奏され、7月10日のフランケンハウゼン音楽祭で披露された。

 当時27歳のシュポアによる最初の交響曲だったが、本人も晩年までこの作品を気に入っていたという。E.T.A.ホフマンもこの作品を高く評価し、若きシュポアの将来に大きな期待を寄せた。古典派の4楽章形式を基本としながら、すでに後のロマン派へと向かう豊かな管弦楽法と色彩感を聴くことができる。

※交響曲第5番は1837年、ウィーンのコンセール・スピリチュエルからの委嘱によって作曲され、同年9月27日に完成。1838年3月1日にウィーンで初演された。

 シュポアは1834年に、長年の伴侶でありハープ奏者でもあった最初の妻ドレッテを失っている。第5番には、この時期に経験した喪失の感情が強く反映していると考えられており、とりわけ暗いハ短調を基調とした外側楽章には、それまでのシュポアの交響曲以上に激しい緊張感が現れる。

 さらに第1楽章には、1836年にカルデロンの悲劇をもとに作曲した幻想序曲「空気の娘」の音楽が改作されて用いられている。穏やかなハ長調の序奏から一転してハ短調の激しいアレグロへ突入し、冒頭の抒情的な主題は終楽章にも再登場。全曲をひとつに結び付ける循環的な構成も大きな特徴となっている。

 初演時には大きな成功を収め、とりわけ第3楽章スケルツォは聴衆の強い反響を呼び、アンコールされたと伝えられる。

 若き日の第1番から円熟期の第5番へ――26年間を隔てた2曲によって、今日では忘れられがちな「交響曲作家シュポア」の歩みを一枚で味わえるMARCO POLOならではのアルバム。




8.223370
\3000→\2290

エドワード・ジャーマン:ピアノ作品集

エドワード・ジャーマン(1862-1936):
 (1) 幻想的ワルツ(Valse Fantastique) 2:40
 (2) 間奏曲 イ短調 3:19
 (3) 演奏会用練習曲 変イ長調 5:09
 (4) ワルツ=カプリース イ長調 4:54
 (5) メロディ 変ニ長調 4:18
 (6) 即興曲第1番 ホ短調 6:33
 (7) 小ワルツ(Valsette)ホ短調 3:55
 (8) 悲歌 ハ短調 7:17
 (9) タランテラ イ短調 3:06
 (10) 優雅な舞曲 ヘ長調 3:44
 (11) ポーランド舞曲 ホ長調 3:36
 (12) メロディ 変ホ長調 4:18
 (13) マズルカ ホ長調 4:20
 (14) 夢(レヴェリー)イ短調 3:42
 (15) フモレスケ ホ長調 3:44
アラン・カクストン(P)
CD発売:1991年1月。


録音:1987年4月2日、ノース・ヨークシャー、
   ハロゲート・カレッジ礼拝堂
収録時間:64分35秒
CD発売:1991年。


 《メリー・イングランド》《トム・ジョーンズ》などで知られる英国の作曲家エドワード・ジャーマン。その名声は主としてオペレッタや劇場音楽によるものだが、本盤では若い時代を中心に書かれたピアノ小品15曲を収録。ワルツ、マズルカ、タランテラ、即興曲、メロディなど、小規模ながら親しみやすく優美な作品が並ぶ。ジャーマンのあまり知られていない「ピアノ作曲家」としての一面をまとめて味わえるMARCO POLOらしい一枚。




8.223371
\3000→\2290
メトネル:ピアノ・ソナタ集
 ソナタ ト短調 Op.22
 ソナタ=スカースカ Op.25-1
 ソナタ「夜の風」Op.25-2


ニコライ・メトネル(1880-1951):

 ピアノ・ソナタ ト短調 Op.22
  (1) テネブローソ、センプレ・アフレッタンド-アレグロ・アッサイ 14:44

 ソナタ=スカースカ(おとぎ話ソナタ)ハ短調 Op.25-1
  (2) 14:44
   I. アレグロ・アッバンドナメンテ
   II. アンダンティーノ・コン・モート
   III. アレグロ・コン・スピーリト

 ピアノ・ソナタ ホ短調 Op.25-2「夜の風」
  (3) 序奏:アンダンテ-アレグロ 31:30

アーダーム・フェレギ(P)


録音:1989年7月17、18日、
   ブダペスト、イタリア文化会館
収録時間:60分58秒
CD発売:1991年。

※メトネルが1909~11年頃に相次いで生み出した3つの重要なピアノ・ソナタを収録。短く凝縮されたト短調ソナタOp.22、幻想的な「おとぎ話」の世界をソナタ形式へと拡大したOp.25-1、そして30分を超える巨大な《夜の風》Op.25-2へと、メトネルのソナタ創作が一気にスケールを増していく時期を一枚で聴くことができる。

※ト短調ソナタOp.22は単一楽章による作品。1909~10年頃に完成し、作曲家ゲオルギー・カトワールに献呈された。暗くせき立てるような冒頭から、複数の部分が切れ目なく展開していく凝縮度の高いソナタ。

※Op.25-1は「Sonata-Skazka(ソナタ=スカースカ)」、すなわち「おとぎ話ソナタ」と題された3楽章作品。メトネルが生涯にわたって書き続けた独特のピアノ小品「スカースカ(おとぎ話)」の世界を、ソナタへと発展させた作品で、アレクサンドル・ゲディケに献呈されている。CDでは3楽章を1トラックに収録。

※そして圧巻はOp.25-2《夜の風》。1910~11年に作曲された30分を超える大作で、ラフマニノフに献呈。ロシアの詩人チュッチェフの「夜の風」をめぐる詩句をモットーとし、楽譜には作品全体を「叙事詩的精神で」と演奏するよう記されている。メトネルのピアノ・ソナタの中でも最大規模を誇る代表作のひとつ。




8.223372
\3000→\2290

メトネル:4つのピアノ・ソナタ
 ソナタ=バラード/回想ソナタ/
 悲劇ソナタ/牧歌ソナタ


ニコライ・メトネル(1880-1951):

 ソナタ=バラード 嬰ヘ長調 Op.27
  (1) I. アレグレット 10:46
  (2) II. 序奏とフィナーレ:メスト-アレグロ 13:36

 「忘れられた調べ」第1集 Op.38より
  (3) 第1曲「回想ソナタ」イ短調 Op.38-1
 14:01

 「忘れられた調べ」第2集 Op.39より
  (4) 第5曲「悲劇ソナタ」ハ短調 Op.39-5
 13:03

 牧歌ソナタ ト長調 Op.56
  (5) I. パストラーレ:アレグレット・カンタービレ 3:59
  (6) II. アレグロ・モデラート・エ・カンタービレ 9:15
アーダーム・フェレギ(P)


録音:1990年5月、ブダペスト、イタリア文化会館
収録時間:約64分
CD発売:1991年。

 これは実質的にメトネルの「4つのピアノ・ソナタ集」。1912~14年に成立した《ソナタ=バラード》から、ロシア革命前後に生まれた《回想ソナタ》《悲劇ソナタ》、さらに1937年に完成した晩年の《牧歌ソナタ》まで、約四半世紀に及ぶメトネルのソナタ創作を一枚で辿ることができる。

 《ソナタ=バラード》Op.27は、もともと単独の「バラード」として構想された作品に、後から「序奏とフィナーレ」が加えられて現在の2部構成となった作品。

 《回想ソナタ》Op.38-1は、メトネルの代表的なピアノ曲集「忘れられた調べ」第1集の冒頭を飾る作品。このソナタに現れる「回想」の主題は同曲集のほかの作品にも姿を変えて現れ、全曲集を結びつける核となっている。

 一方、《悲劇ソナタ》Op.39-5は「忘れられた調べ」第2集の最後を飾る作品。瞑想的な第2集が次第に暗さを深め、最後にこの激しい「悲劇」へと到達する。

 そして最後の《牧歌ソナタ》Op.56は1937年ロンドンで完成したメトネル最後のピアノ・ソナタ。若き日の《ソナタ=バラード》から四半世紀を経てたどり着いた、穏やかで歌謡的な世界でこのアルバムを閉じる。

※アーダーム・フェレギは1941年ブダペスト生まれのハンガリーのピアニスト。MARCO POLOにはメトネルのソナタを集中的に録音しており、本盤もそのシリーズの一枚。





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