臨場感あるデジタル・リマスタリングで歴史的演奏が蘇る!
メンゲルベルク協会による新リマスター・シリーズ第1弾。
ピアニストでもあるヨッヘム・ヘーネによるリマスターは非常に手の込んだものです。
目立つノイズはひとつひとつ手作業で除去することで音源としての快適さを追求し、さらに最新の研究成果を反映したデジタル技術を駆使することで疑似ステレオ化をおこなっています。これはホールを知り尽くした演奏家ならではの発想です。
半世紀に渡ってメンゲルベルクが指揮していたコンセルトヘボウ大ホールのサウンドは、実際にはとても豊かな間接音を特徴とするものであったことを聴き手に想起させるべく、ヨッヘム・ヘーネの運営するストゥーディオ・ファン・スフーペンは、リバーブ界のトップ企業でもあるアメリカのハイエンド・オーディオ・ブランド「ブリカスティ」の技術者と協力して新たなアルゴリズムを開発しています。
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ということで第1弾で登場したのは、メンゲルベルクの・・・というよりレコード音楽史上に残る名作群。
まずは評論家の宇野功芳氏があらゆるところで絶賛したことでずっとベストセラーであり続けている「マタイ受難曲」、そしてメンゲルベルクの堂々たる威容を眼前に突き付けてくるベートーヴェン、そして弟子として資料的にも解釈的にも後世の我々に興味深いものを見せてくれるマーラー。
さすがのセレクションで始まったこの企画、続いてくれることを強く望みます。
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・・・マーラーの「第四」となると緩急自在、ほかに類のない濃密で個性的な音楽がつくられていく。それはロマン的表現の極致である。しかしマーラーは、メンケルベルクの解釈を尊重していた。それは作曲者の指示を存分に生かして表現的な音楽をつくり出そうとしていたためである。もっとも、これほど極端になると限度を越えているという印象をもつ人もあろう。
ところが、それが芝居とわかっていながら、そのなかに真実味を発見させ、結局は観客を巻き込んでしまう名優にも似て、メンゲルベルクの音楽は、その一種の毒が魅力的である。もはやスタイルとしてはまったく古めかしいバッハの「マタイ受難曲」が、聴き進むうちに聴き手を恐るべき力で説得し、感動させるのは、そのためである。彼は合唱指揮者としても類のない能力をもっていたと思う。しかもメンゲルベルクの音楽は、これだけ手練手管を尽くしていながら、なお線がふとく、造形の平衡感
にすぐれ、健康でスケールが大きい。そこには、時代や様式の別を越えて聴き手をとらえる人間の真実がある。歴史に残る偉大な巨匠とは、まさに彼のような芸術家をいうのであろう。(小石忠男 続・不滅の巨匠たち )
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WMS2024/01-03
(3CD)
\3100 →\2890
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臨場感あるデジタル・リマスタリングで歴史的演奏が蘇る!
メンゲルベルク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団
マタイ受難曲 BWV 244
ボーナス◆ 管弦楽組曲第2番 BWV1067
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◆ マタイ受難曲 BWV 244
ジョー・フィンセント(ソプラノ)
イローナ・ドゥーリゴ(コントラルト)
カール・エルプ(テノール/エヴァンゲリスト)
ルイ・ファン・トゥルダー(テノール)
ウィレム・ラヴェッリ(バス/キリスト)
ヘルマン・スヘイ(バス)
ルイ・ツィマーマン(ヴァイオリン)
フーベルト・バールワーサー(フルート)
ヘオルフ・ブランシャート(オーボエ・ダモーレ)
W. ペデモールス(オーボエ・ダ・カッチャ)
ピート・ファン・エフモント(オルガン)
ヨハネス・デン・ヘルトフ(ピアノ、チェンバロ)
トーンクンスト合唱団
少年合唱団「ザングルスト」
(合唱指揮:ウィレム・ヘスペ)
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク(指揮)
録音:1939年4月2日、アムステルダム、コンセルトヘボウ
◆ 管弦楽組曲第2番 BWV1067
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク(指揮)
録音:1931年6月2日、アムステルダム、コンセルトヘボウ
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フルトヴェングラーの演奏が時代を超越しているのに対し、様式化され、誇張され、人工的なメンゲルベルクの演奏は時代とともに古くなってゆく運命にある。にもかかわらず、少数の出来のよいものはいまもって非常に感動的であり、不滅の名演の名に恥じない。
最高傑作はバッハの「マタイ受難曲」だ。
現代の指揮者がこのような棒を振ったらオーケストラは怒って帰ってしまうだろう。そのくらい主観的で、ほとんど一音符ごとに味の濃い表情をつけているくらいだが、その真実性は類をみず、マタイ伝のドラマを生々しく再現している。
"年末の第九"が日本では恒例になっているように、メンゲルベルクは毎年、復活祭の前の日曜日に「マタイ」を演奏、世界各地からファンが集まった。このCDは1939年4月2日のライヴ録音である。(宇野功芳 名演奏のクラシック)
メンゲルベルクはバッハのスタイルを完全に無視、十九世紀末から二十世紀初めにかけてのロマンティックなコンサート・スタイルで劇的に演奏しているので、かえってわかりやすいかも知れない。いずれにせよ《マタイ》を語る上に絶対に欠かせぬ歴史的大演奏である。(宇野功芳 不滅の名盤100)
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WMS 2023/01-02
(2CD)
\2800 →\2590
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メンゲルベルク指揮&コンセルトヘボウ管弦楽団
ベートーヴェン:交響曲第9番、第7番、皇帝、エグモント
| 交響曲第7番イ長調 Op.92 37:49 |
録音:1940年4月25日 |
| ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 Op.73「皇帝」 38:12 |
コル・デ・フローテ(ピアノ)
録音:1942年5月9日 |
| 「エグモント」序曲 Op.84 08:21 |
録音:1943年4月29日 |
| 交響曲第9番ニ短調 Op.125「合唱」 68:00 |
トー・ファン・デル・スルイス(ソプラノ)
スーゼ・ルーヘル(アルト)
ルイ・ファン・トゥルダー(テノール)
ウィレム・ラヴェッリ(バス)
アムステルダム・トーンクンスト合唱団
オランダ王立オラトリオ協会合唱団
録音:1940年5月2日 |
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アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク(指揮) |
形而上的なフルトヴェングラーに対し、同じロマンティックな指揮者でもメンゲルベルクの場合は、トスカニーニ同様、音そのもので勝負だった。その意味で彼の第九は録音の彫りが深く、誇張された音芝居を如実に味わえるのが嬉しい。いま音芝居と書いたが、初めてこのレコードに接した四十年前には、まったくそんな言葉は浮かんでこなかった。そのとき風邪をひいていた僕は、感動と興奮のあまり汗びっしょりになって全快してしまったのだ。あの頃、この演奏が聴けて本当によかった。今は時代が変わってしまった。どうしてものめりこんで聴けない自分を発見するが、大時代な第九の記録として、永遠に残すべき名演であることは間違いない。(宇野功芳 名盤大全)
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WMS 2020/01-02
(2CD)
\2800 →\2590
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メンゲルベルク指揮&コンセルトヘボウ管弦楽団
マーラー:交響曲第4番、R.シュトラウス:死と変容、ドン・ファン
| マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調より第4楽章
アダージェット 07:12 |
録音:1926年5月1日 |
| マーラー:交響曲第4番ト長調 |
ジョー・フィンセント(ソプラノ)
録音:1939年11月9日 |
| マーラー:「さすらう若人の歌」 |
ヘルマン・スヘイ (バリトン)
録音:1939年11月23日(ライヴ) |
| R.シュトラウス:死と変容op.24 23:47 |
録音: 1942 年 4 月 14 日 |
| R.シュトラウス:ドン・ファンop.20 17:31 |
録音:1940年12月12日(ライヴ) |
デジタル リミックス、2020
修復:ハンス・ファン・イスペレン
デジタル・リミックス:ヨッヘム・ヘーネ(ストゥーディオ・ファン・スフーペン・フェーネンダール)
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コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク(指揮) |
メンゲルベルクはマーラーの弟子だった。そのためこの録音は、異端視されるメンゲルベルクの録音の中では比較的多く聴かれている。弟子であるというだけで、時にはとんでもないイモ演奏までも祭りあげられてしまう傾向は考えものだが、少なくともこの演奏は最高に面白い。たぶん、マーラー自身もここまで大胆にはやっていないのではないか。冒頭からのけぞるような強烈なリタルダンドで始まるが、その後も大小さまざまにテンポを変え、それに弦楽器のポルタメントも加わり、むせるようなロマンが展開される。かつてはこの曲を前半にメンゲルベルクが振り、後半にマーラー自身が振るという演奏会があったという。(平林直哉 不滅の名盤100)
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