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リフシッツ(P)&フィッシャー=ディースカウ(
指揮)
モーツァルト:
アダージョとフーガ ハ短調KV 546 (9’44)
ピアノ協奏曲第18番変ロ長調KV 456 (30’42)
交響曲第30番ニ長調KV 202 (19’13)
交響曲第32番(序曲)ト長調KV 318 (9’16) |
コンスタンチン・リフシッツ(P)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(
指揮)
モーツァルテウム管弦楽団 |
偉大なる音楽家フィッシャー=ディースカウによるザルツブルクでの最後の演奏会、リフシッツとのピアノ協奏曲第18
番ほか「オール・モーツァルト・プロ」。
録音:2006 年8 月6 日ザルツブルク、モーツァルテウム(ライヴ・ステレオ)/DDD、68’55”
2012 年5 月に86 歳で歿したディートリヒ・フィッシャー=ディースカウは、歴史と伝統あるザルツブルク音楽祭においても、1951
年にフルトヴェングラーとの共演でマーラーの「さすらう若人の歌」を歌いデビューしてから半世紀に亘り、バリトン歌手に、語り手、そして指揮者として重要な役割を果たしました。
2006 年8 月6 日に、フィッシャー=ディースカウがモーツァルテウム管弦楽団を指揮した内容は、ザルツブルクでの最後の演奏会を収録したもので、オール・モーツァルト・プログラムとなっています。
荘厳なる「アダージョとフーガ」で開始され、単一楽章形式の「序曲」とも呼ばれる交響曲第32
番で閉じられるという構成のなかでも、ひときわ目をひくのがリフシッツをソリストに立てたピアノ協奏曲第18
番。
2002 年12 月にフィッシャー=ディースカウの指揮でブラームスのピアノ協奏曲第2
番を演奏したときの模様(ORFEO810102) も心に迫るものがありましたが、やはりここでもリフシッツは、もはやただのソリストとしてではなく、偉大なる音楽家と対話する誠実なパートナーとしての姿を強く印象付けています。
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才人ロンクィッヒ、ピアノ弾き振りによるモーツァルト・マチネー
モーツァルト:
6つのドイツ舞曲KV. 571
交響曲第36 番ハ長調KV. 425「リンツ」
フリーメイソンのための葬送音楽ハ短調KV.477
ピアノ協奏曲第22 番変ホ長調KV.482 |
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
アレクサンダー・ロンクィッヒ(P & 指揮) |
録音:2009 年8 月9 日ザルツブルク、モーツァルテウム(ライヴ)/DDD、ステレオ、78’29”
1960 年ドイツのトリーアに生まれたピアニスト、アレクサンダー・ロンクィッヒが、2009
年にモーツァルテウムで行ったモーツァルト・マチネーの模様を収めたアルバム。
バドゥラ=スコダや、アンジェイ・ヤシンスキ(
ツィメルマンを輩出し、ショパン・コンクールの審査委員長を歴任したことで知られる)、ハンガリーの名手イロンカ・デッカース=クースラーに師事したロンクィッヒは、16
歳でイタリアのアントニオ・カーサグランデ・ピアノコンクールで第1位を獲得して以降注目を集め、ピアニストとして古典から現代まで広範なレパートリーをこなして評価を得るとともに、室内楽でもクリスティアン・テツラフ、ヴェロニカ・ハーゲンといった顔ぶれとも共演を重ねてきました。
さらに、ロンクィッヒは近年、オーストリアやイタリアで、マーラー・チェンバー・オーケストラ、カメラータ・ザルツブルク、マントヴァ室内管といった、室内オーケストラを率いて、モーツァルトの協奏曲を弾き振りするコンサートを頻繁に開いていますが、そこではモーツァルトのオーケストラ曲もプログラムに取り入れ、ソリストたちを別に迎えて自身は指揮を担当するなど、おおいに才人ぶりを発揮していると伝えられています。
このモーツァルト・マチネーもまさにそうしたプログラム構成に拠るものとなっていて、ロンクィッヒが力を入れてきた内容をたっぷりと味わえるものとおもわれます。
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アバド、ザルツブルク音楽祭ライヴ/
1979 年EC ユース管とのストラヴィンスキー、シェーンベルクほか
1994 年マーラー・ユーゲント管との「はげ山の一夜」
ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」op.43
序曲
シェーンベルク:ワルシャワの生き残りop.46
*
ストラヴィンスキー:バレエ「火の鳥」組曲(1919年版)
プロコフィエフ:バレエ「ロメオとジュリエット」組曲第1番
op.64bisより「タイボルト」
マクシミリアン・シェル(語り手)*、ウィーン・ジュネス合唱団
*、
クラウディオ・アバド(指揮)、EC
ユース・オーケストラ
録音:1979 年8 月13 日/
ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ(ライヴ・ステレオ)
ムソルグスキー:交響詩「はげ山の一夜」(原典版)
クラウディオ・アバド(指揮)、
グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ
録音:1994 年7 月29 日/
ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ(ライヴ・ステレオ) |
ADD、ステレオ、53’ 41”
2014 年のORFEO「ザルツブルク音楽祭ドキュメント」の一枚は、ことし1
月に世を去ったクラウディオ・アバドを追悼する内容で、いずれの設立にも巨匠が深く関わったふたつのユース・オーケストラを指揮してザルツブルク音楽祭でおこなったライヴ演奏を収録しています。
1976 年の設立当初よりアバドが音楽監督を務めたEC(欧州共同体)・ユース・オーケストラ(現在はEU・ユース・オーケストラへと改称)との演奏は1979
年のもの。
アバドが若き音楽家たちを率いたアムステルダム、ボン、パリ、ルクセンブルク、ブリュッセル、ミラノ、ローマを巡る就任ツアーの翌年にあたり、由緒ある音楽祭の晴れの舞台のお披露目ということで、プログラムにはアバドが得意とするシェーンベルク、ストラヴィンスキーが組まれ、アンコールの「タイボルトの死」まで気合いの入った内容となっています。
「ワルシャワの生き残り」では、映画「ニュルンベルク裁判」「遠すぎた橋」で知られるオーストリアの名優マクシミリアン・シェルが迫真の語りを聴かせてくれます。
ウィーン・フィル、ベルリン・フィルをはじめ、ヨーロッパ有数の楽団のメンバーを数多く輩出しているグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラもまた、1986
年にアバドの提唱で設立されており、亡くなるまで音楽監督を務めました。
ムソルグスキーはアバドが好んでよく取り上げた作曲家ですが、「はげ山の一夜」は1980
年のロンドン響とのセッション録音、1993 年のベルリン・フィルとのライヴ録音でもそうでしたが、こだわりの原典版による演奏。
こちらもEC・ユース管同様に、巨匠を慕ってやまない若い音楽家たちとのコラボレーションで生み出される演奏の熱に圧倒される出来ばえです。
なお、このアルバムに収録されているすべての曲目は、以前に音楽祭の自主制作盤としてもリリースされたことがありますが、長らく廃盤が続いていたので、このたびのカタログ復活は嬉しいところです。
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C906171DR
\2,500→\1390 |
2016年9月8日に51歳の若さでこの世を去った
他を圧する“ヘルデンテナー”、ヨハン・ボータ名唱集
ウィーン国立歌劇場 ライヴ 1997-2014年
小澤、メスト、ヤング、シノーポリ、ビシュコフ、ティーレマン、ラニクルズ指揮
1.ベートーヴェン(1770-1827):歌劇《フィデリオ》-
神よ、ここはなんと暗いのだ
ワーグナー(1813-1883):
2.歌劇《タンホイザー》- 聞け、ヴォルフラムよ、聞け
3.歌劇《ローエングリン》-
あなたは私と一緒に甘い香りを吸っているではないか
4.楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》-
朝には
5.楽劇《パルジファル》-ああ情けない、私は何をしたのだ
リヒャルト・シュトラウス(1864-1949):
6.歌劇《影のない女》- 乳母よ、起きておるか?
7.歌劇《ダフネ》- 今あなたに、少年よ
8.歌劇《ナクソス島のアリアドネ》-私は神であり、神は私を作っ |
クリスティアン・ゲルハーエル(バリトン)・・・2
シェリル・ステューダー(ソプラノ)・・・2
ジェームス・ラザフォード(バス)・・・4
マルヤーナ・リポフシェク(メゾ・ソプラノ)・・・6
ミヒャエル・シャーデ(テノール)・・・7
リカルダ・メルベート(ソプラノ)・・・7
ヴァレンティナ・ナフォミータ(ソプラノ)・・・8
レイチェル・フレンケル(メゾ・ソプラノ)・・・8
ソイレ・イソコスキ(ソプラノ)・・・8
オルガ・ベスメルトナ(ソプラノ)・・・8
ダニエラ・ファリー(ソプラノ)・・・8
小澤征爾・・・1
フランツ・ヴェルザー=メスト・・・2
シモーネ・ヤング・・・3.4
ドナルド・ラニクルズ・・・5
ジュゼッペ・シノポリ・・・6
セミョン・ビシュコフ・・・7
クリスティアン・ティーレマン・・・8 |
南アフリカ、ルステンブルクに生まれ、幼い頃から音楽への興味を示したというヨハン・ボータ。従軍中は軍の合唱団で歌い、25歳でヨーロッパへ留学、すぐに才能を発揮しパリ、ミラノ、ベルリンの歌劇場を経て、1996年からウィーン国立歌劇場に出演。2003年から宮廷歌手の称号を得て、歌劇場にとってなくてはならない存在になりました。
最も得意とするリヒャルト・シュトラウスやワーグナーを数多く歌いましたが、その声は決して重過ぎることはなく、若き英雄を表出するにふさわしい響きを有していました。
これから円熟期を迎えるという矢先、2016年9月8日に51歳の若さでこの世を去ってしまったのは残念でなりません。
このアルバムでは彼の勇姿を偲び、ウィーン国立歌劇場におけるデビュー直後の1997年の歌唱から、2014年最後の録音までを収録。他を圧する“ヘルデンテナー”としてのボータの強烈な存在感が光る1枚です。
【録音】2004年10月30日・・・1 2010年6月16日・・・2 1997年2月20日・・・3 2012年11月25日・・・4 2004年4月11日・・・5 1999年12月11日・・・6 2004年6月13日・・・7 2014年10月18日・・・8
ウィーン国立劇場での録音がほとんどない小澤の貴重な音源でもある・・・
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C916172DR
(2CD)
\2500→\1990 |
ハンス・クナッパーツブッシュ名演集1962-1963年
CD1
(1)ウェーバー(1786-1826):歌劇《オイリアンテ》序曲
(2)ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ協奏曲
第3番 ハ短調 Op.37
CD2.
ブラームス(1833-1897):
(3)ハイドン変奏曲 Op.56a
(4)交響曲第3番 へ長調 Op.90 |
ゲザ・アンダ(ピアノ)
ケルン放送交響楽団
ハンス・クナッパーツブッシュ(指揮) |
クナッパーツブッシュとゲザ・アンダが共演した1962年の「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番」は、これまでにも何種類かのアルバムがリリースされています。
当時41歳のゲザ・アンダのニュアンスに富んだピアノ、それに対峙しながらも、確固たる意志を貫く74歳のクナッパーツブッシュの二人により、まさに火花が飛び散るかのような白熱の演奏が繰り広げられます。
続く「ブラームス:交響曲第3番」はクナッパーツブッシュの愛奏曲として知られる作品で、悠々としたテンポと、泰然とした表現の中からにじみ出る情感が高く評価されています。コンサートの冒頭に演奏されたウェーバーの「オイリアンテ」序曲も落ち着いた佇まいを見せています。
その翌年(1963年)の「ハイドン変奏曲」は、極端に遅いテンポでゆったりと演奏されており、主題だけでなく、各々の変奏の持つ美しさも存分に味わえる名演です。
-ケルン放送協会所蔵の音源より復刻-
録音 Westdeutschen Rundhuks Koln Funkhaus 1962年5月14日…(1),
(2),(4) 1963年5月10日…(3)
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C927161DR
\2,500→\1390 |
ジュリアード弦楽四重奏団-1965年
バルトーク/モーツァルト/ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲集
1-4.モーツァルト(1756-1791):
弦楽四重奏曲 第20 番 ニ長調「ホフマイスター」K499
5-6.バルトーク(1881-1945):弦楽四重奏曲
第3 番 Sz85
8-11.ドヴォルザーク(1841-1904):
弦楽四重奏曲 第11 番 ハ長調 Op.61 |
ジュリアード弦楽四重奏団
〈メンバー:
ロバート・マン(第1 ヴァイオリン)/イ
シドア・コーエン(第2 ヴァイオリン)/
ラファエル・ヒリヤー(ヴィオラ)/
ラウス・アダム(チェロ)〉 |
1965年の録音。革新的なバルトーク、斬新なモーツァルト
1946 年にニューヨークのジュリアード音楽院の校長だった作曲家、ウィリアム・シューマンの提唱により、ジュリアード音楽院の教授らによって結成された歴史あるジュリアード弦楽四重奏団。
何人もの奏者が代替わりをしながら、その伝統の音色が遺憾なく継承されている名門四重奏団です。
この録音は第2 ヴァイオリンとチェロが創設メンバーからメンバー・チェンジを行い、新たな響きを獲得した1965
年の音楽祭での演奏。
当時、ベートーヴェンやバルトークのスタジオ録音を開始していた頃の厳密なアンサンブルは、ライブでも全く変わることがありません。
彼らが得意とするバルトーク、モーツァルト、そしてドヴォルザークの3
つの作品を「古典的な作品も新しい音として聞こえるように」という彼らのモットーに照らし合わせ、雄弁に演奏しています。
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ヴェルザー=メスト& マーラー・ユーゲント管
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調WAB.107 |
グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ
フランツ・ヴェルザー=メスト(指揮) |
ヴェルザー=メスト& マーラー・ユーゲント管、ブルックナー第7番、1989年ザルツブルク音楽祭ライヴ
録音:1989 年8 月18 日ザルツブルク、祝祭大劇場(ライヴ・ステレオ)/DDD
1989 年8 月のザルツブルク音楽祭で、ヴェルザー=メストがマーラー・ユーゲント管を指揮して、ブルックナーの交響曲第7
番を演奏したコンサートのライヴ録音盤が登場。
1960 年にオーストリアのリンツに生まれたヴェルザーメストはブルックナーを得意としていて、ほかに第5
番、第8 番、第9 番のソフトもすでにリリースされています。
第7 番については、ヴェルザー=メスト初のブルックナー録音であり、1991
年8 月のプロムスで、翌年9 月より音楽監督を務めるロンドン・フィルを指揮したライヴ録音に次いで、2008
年9 月に、2002 年より音楽監督に就任して現在に至る手兵クリーヴランド管を指揮したセヴェランス・ホールでのコンサートの模様をライヴ収録した映像作品を発表していました。
これまでのところ、ヴェルザー=メストによるブルックナーの第7
番のアルバムはすべてライヴによる演奏となりますが、ヴェルザー=メスト自身による第5
番のケース同様に、およそ20 年近くの隔たりのなかで、より後年の録音になるほど、ゆるやかで全体の演奏時間が長大になる傾向がうかがえます。
ヴェルザーメストとマーラー・ユーゲント管とは、2002
年に第8 番をウィーン・ムジークフェライン大ホールで演奏したライヴ録音でも、若々しい感性が荒々しくぶつかり合いながらもソリッドな表現で全曲をまとめ、結果的に相性の良いところをみせていたので、同じ顔合わせということで、ここでもホットで刺激的な内容を聴かせてくれるものとおもわれます。
[ヴェルザー=メスト指揮のブルックナー第7
番トラック・タイム比較]
マーラー・ユーゲント管(1989年ライヴ)
17’47+19’04+8’26+10’44=
56’01(実測値)
ロンドン・フィル(1991年ライヴ)
19’48+20’24+8’58+11’37=
60’48
クリーヴランド管(2008年ライヴ)
19’29+21’36+9’21+13’05=
63’31
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C939171DR
\2,500→\1390 |
ザルツブルク音楽祭/
バレンボイム:ベートーヴェン・リサイタル
ベートーヴェン(1770-1827):
ピアノ・ソナタ 第7番 ニ長調
Op.10-3
ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調「ワルトシュタイン」Op.53
ピアノ・ソナタ 第32番 ハ長調
Op.111 |
ダニエル・バレンボイム(ピアノ) |
27歳のバレンボイムによるオール・ベートーヴェン・プログラム。10歳から優れたピアニストとして活動を続けていたバレンボイムですが、1966年からはイギリス室内管弦楽団とモーツァルトの交響曲全曲録音を開始し、指揮者としても名声を高めていました。
しかしこの1970年のザルツブルク音楽祭では、ピアニストとして全神経をベートーヴェンの音楽に集中させ、初期、中期、後期の3つの時代のソナタを表現力豊かに演奏しています。
第7番での闊達な音の動き、「ワルトシュタイン」での幅広いダイナミックレンジと第2楽章の瞑想的な表現、そして最後のソナタの“アリエッタ”での天上的な美しさなど、バレンボイムの傑出した才能を存分にお楽しみいただけます。
録音 1970年7月28日(ライヴ収録)
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C941171DR
\2,500→\1390 |
ザルツブルク音楽祭/
グレース・バンブリー:ブラームス・リサイタル |
グレース・バンブリー(メゾ・ソプラノ)
ボーモント・グラス(ピアノ) |
1937年生まれのメゾ・ソプラノ歌手グレース・バンブリーは、素晴らしい声を持ちながらも現代でも根強く残る「人種差別」による様々な障害を乗り越え、その才能を開花させた人です。
彼女はカルメン、アイーダなどドラマティックな役を得意とし、1961年のバイロイト音楽祭ではワーグナーの《タンホイザー》でヴェーヌスを歌っていますが、この1965年のザルツブルク音楽祭ではワーグナーとは対極を成すブラームスの歌曲集をじっくり歌い上げ、強い印象を残しました。
声の威力に頼ることなく繊細な表現を用い、時には民謡調の素朴な歌曲を軽やかに歌うバンブリーの新たな魅力を感じさせる素晴らしいリサイタルです。
録音 1965年7月28日(ライヴ録音) MONO
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ORFEOR 744071
\2,500→\1390 |
チェーザレ・シエピ 1956年ザルツブルク音楽祭ライヴ
リュリ:「アマディス」,「アルセスト」
ボーイト:「メフィストーフェレ」
ヴェルディ:「シチリアの晩鐘」,「シモン・ボッカネグラ」
ロッシーニ:「アルジェのイタリア女」,「セビリアの理髪師」
ゴメス:「サルヴァトール・ローザ」
からのアリア
シューマン:君は花のように
Op.25-24,私は恨まない
Op.48-7
ブラームス:
おお、ぼくが帰り道を知っていたら
Op.63-8,
甲斐なきセレナード Op.84-4
モーツァルト:アリア「この美しい手と瞳のために」
K.612
ラヴェル:ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ |
チェーザレ・シエピ(Bs),
レオ・タウプマン(P) |
チェーザレ・シエピの伝説的ライヴが、ついにORFEOから正規盤で発売。1956年7月27日、モーツァルテウム大ホールで行われたリサイタル。
シエピの全録音の中でもとりわけ優れたものに間違いない。オリジナルのテープを使用した音源によって、モノラルながら驚くほど新鮮な音で楽しむことができる。
録音:1956年7月27日 モノラル |