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さすがARDMORE、この媚びないセレクション
ARDMORE A300シリーズ
新企画はロシアや東ヨーロッパ諸国の稀少音源復刻
1CD-R\1800


 店主が最も愛した歴史的録音復刻レーベルARDMORE。
 ご存知のようにアリア・レーベルはこのARDMOREとの共同企画である。

 しかし残念ながら最後に新譜が出たのは4年前までさかのぼる。
 兄弟レーベルHECTORが順調に新譜を出していたのとは対照的に、ARDMOREのほうはほとんど開店休業状態だった。
 

 ところがそのARDMOREがここへきて華々しく復活。
 しかも今回のテーマはロシアや東ヨーロッパ諸国の稀少音源。
 ロシアの大演奏家が顔をそろえるが、その内容は大衆に媚びない相変わらずの硬派路線。いまは消滅した本家MELODIYAのCD部門でさえCD化を躊躇するようなレア音源も含む。

 考えてみればMELODIYAのLP音源を積極的に取り上げるCD-R復刻レーベルというのはかつてなかったように思う。そこにARDMOREが参入してくれれば、いままでほとんど日の目を見なかった、ずっと埋もれてしまっていたすばらしい音源がまた世の中に登場してくれるはず。
 今後のARDMOREの活躍に期待したい。


 折返しジャケットと盤面印刷。日本語表記あり。
 薄CDケース入り仕様。
 2枚組は、1枚もの薄CDケースが2枚入ってます。





A300-001
(1CD-R)\1800
ナタン・ラフリン指揮
 リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェヘラザード」op.35
 ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜」*
ナタン・ラフリン指揮 
モスクワ放送交響楽団 
ボリショイ劇場場管弦楽団*

12inch Melodiya D0510/1 & CDM LDX1501
1950年代録音モノラル

 ナタン・ラフリン(1905年-1979年)は、ウクライナ出身のソビエト連邦の指揮者。
 ユダヤ系の家庭に生まれる。1927年までキエフ音楽院に在籍し指揮法をアレクサンドル・オルロフに師事。その後レニングラードでマクシミリアン・シテインベルクにも指揮法を師事している。

1937年-1941年 ウクライナ国立交響楽団の指揮者
1941年-1945年 ソヴィエト国立交響楽団の指揮者
1946年-1962年 ウクライナ国立交響楽団の指揮者
1966年 タタールスタンのカザン管弦楽団の首席指揮者

 1957年にはショスタコーヴィチの《交響曲 第11番「1905年」》の世界初演を指揮している。
 19世紀のロマン主義音楽を得意とし、ベルリオーズの《幻想交響曲》とリストの交響詩やチャイコフスキーの管弦楽曲などの録音が知られる。

 生前はソ連の名指揮者の一人に数えられたにもかかわらず、現在は重要な録音が入手し難い現状にある。





A300-002
(1CD-R)\1800
ムラヴィンスキー指揮&レニングラード・フィル
 ブラームス:交響曲第1番ハ短調op.68
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

12inch Melodiya D01257/8
1949年録音モノラル

 かつてBMGなどからも復刻されたムラヴィンスキーの代表的録音。
 ARDMOREの復刻の良さを知らしめる一枚となるだろう。1950年1月20日の記載もあり。

A300-003
(1CD-R)\1800
アルヴィド・ヤンソンス指揮&モスクワ放送響
 チャイコフスキー:組曲第1番ニ短調op.43*
 ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集op.46(8曲)
アルヴィド・ヤンソンス指揮 
モスクワ放送交響楽団

12inch Melodiya D17503/4 & 16370/71
1960年頃録音ステレオ* モノラル

 アルヴィド・ヤンソンスの珍しい録音。

 ラトヴィア共和国生まれのアルヴィド・ヤンソンス(1914~1984)。
 稀代のオーケストラトレーナーとして知られ、東京交響楽団を振った時の名演の数々は伝説となっていて、「鉛を金に変えた」とまで言われた。
 1952年からレニングラード・フィルでムラヴィンスキーのアシスタントを務めたが、案外レニングラード・フィルの水準を上げたのはアルヴィドだったかもしれない。



A300-004
(1CD-R)\1800
キリル・コンドラシン指揮
 バラキレフ:交響曲第1番ハ長調*
 チャイコフスキー:ピアノと管弦楽のための協奏幻想曲op.56
(ピアノ) タチアナ・ニコラーエフ
キリル・コンドラシン指揮 
モスクワ国立フィルハーモニー交響楽団*
ソビエト国立交響楽団

12inch MK0143/4 &Melodiya
1960年代初期*&1950年代 
 ステレオ*&モノラル録音

 かつてVeniasの9枚組ボックスの中に入っていたが、ふつうのレーベルだとなかなか1枚ものアルバムでこの楽曲を出さないと思う。
 が、しかしそこはARDMORE。まったくなんのおそれもなくこの渋いところをリリースしてくる。
 売れる売れないとか全然関係ないのだ。

 第3楽章冒頭にて小さな音トビ等があります。

A300-005
(1CD-R)\1800

エミル・カミラロフ、アルベルト・マルコフによるパガニーニのコンチェルト


パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調op.6 (ヴァイオリン) エミル・カミラロフ
ヴァシール・ステファノフ指揮 
ソフィア国立フィルハーモニー

10inch Balkanton 0300
1960年代録音モノラル
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番ロ短調op.7 (ヴァイオリン) アルベルト・マルコフ
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮 
モスクワ放送交響楽団

10inch Melodiya D15351
1960年頃モノラル

 エミル・カミラロフ(1928年 - 2007年)は、フランス生まれのブルガリアのヴァイオリニスト。「ブルガリアのパガニーニ」の異名を持つ。
 ソフィア音楽院でヴラディミール・アヴラモフに師事し、1952年のヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで第4位入賞を果たした。
 1955年にはレニングラード音楽院に留学、1961年にはパガニーニ国際コンクールで優勝し、1963年からレニングラード音楽院で教鞭をとったというからまさに天才。
 1980年代初頭にブルガリアを出国したまま戻らず、ブルガリア政府のブラック・リストに載ったことで、国内で行った録音の一切が封印されることとなった。
 その後はスウェーデンを本拠にして演奏活動及び教育活動を展開し、2007年にウプサラで亡くなっている。これはそうとう珍しい音源ということになる。



 アルバート・マルコフは1933年生まれのロシアのヴァイオリニスト。
 ウクライナの ハルキウ生まれ。ユリ・ヤンケレヴィッチ、アドルフ・アレチンスキーにヴァイオリンを、アラム・ハチャトゥリアンに作曲を師事。
 1959年にエリザベート王妃国際コンクールで第1位と併せてイザイ賞を受賞。
 1975年にアメリカへ移住。1983年から2003年までロンド室内管弦楽団の音楽監督を務め、ソリストと指揮者として活躍した。
 モスクワのグネーシン音楽学校、マネス音楽学校、1981年からはマンハッタン音楽学校の教員を務めている。
 息子のアレクサンダー・マルコフも有名なヴァイオリニスト。




A300-006
(1CD-R)\1800
アルヴィド・ヤンソンス指揮&モスクワ放送響
 ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」(1925年版) 全13曲
 ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」(4曲)
(ms)Irina Arkhipova
アルヴィド・ヤンソンス指揮 
モスクワ放送交響楽団

12inch Melodiya CM03395/6
1960年頃録音ステレオ

 アルヴィド・ヤンソンスからもう一枚、これまた珍しいファリャ。


A300-007
(1CD-R)\1800
クルト・ザンデルリンク指揮&レニングラード・フィル
 シベリウス:交響曲第5番変ホ長調op.82
 モーツァルト:交響曲第35番ニ長調kv.385「ハフナー」
クルト・ザンデルリンク指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
10inch Melodiya D5289 D07973 1950年代録音モノラル

 ザンデルルンクは1935年にソ連に亡命してムラヴィンスキーの下でレニングラード・フィルの第一指揮者を務めていたが、1960年に東ドイツに帰国し、ベルリン交響楽団の芸術監督、首席指揮者に就任、また1964年から1967年まではシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者
を兼務した。
 我々が親しく知っているのは東ドイツに帰って以降のザンデルルンク。
 ソ連時代の録音では、ムラヴィンスキーと抱き合わせのセット物のチャイコフスキーの交響曲第4番だけが突出して有名だが、それ以外の録音が紹介されることは極めてまれ。

A300-008
(1CD-R)\1800
オイゲン・ケルダー/ドミトリー・バシキーロフ
 (1)モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番イ長調kv.414
 (2)モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調kv.491

(1)
(ピアノ) オイゲン・ケルダー
レオニード・ヴィグナー指揮 
ラトビア放送交響楽団
10inch Melodiya 26313-4 1950年代録音モノラル

(2)
(ピアノ) ドミトリー・バシキーロフ
アレクサンドル・ガウク指揮 
ボリショイ劇場管弦楽団
12inch Melodiya D5524/5 1955年頃録音モノラル

1925年生まれ、エストニアを代表するオイゲン・ケルダーの貴重な録音集。
昔この人のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を聴いてびっくり仰天した。ホロヴィッツ顔負けの晴れ晴れとしたテクニック、当のラフマニノフ顔負けのダイナミズム。とにかくスケールがでかい。そして頑固なまでの個性。興が乗ってくると自己流にいなせに崩してそれがかっこいい。
ちなみにケルダーは1979年、わずか54歳でこの世を去る。腹部の手術の失敗だったらしい。


ドミトリー・アレクサンドロヴィチ・バシキーロフ(1931年 - 2021年)は、ロシア(グルジア・チフリス出身)のピアニスト・教授。娘はピアニストのエレーナ・バシュキロワ(ダニエル・バレンボイムの2番目の妻)。
アナスタシア・ヴィルサラーゼに師事した後、モスクワ音楽院にてアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルに師事。1955年開催のロン=ティボー国際コンクールピアノ部門にて最高位(一位なしの二位をフランスのベルナール・リンガイセンと分け合う)。
以後、第一線のピアニストとして活躍し、1968年にロシア功労芸術家の称号、1990年にロシア人民芸術家の称号を得ている。
その他の栄誉としては、ドイツのツヴィッカウ市からシューマン賞、マドリード自治大学から名誉メダルを贈られている。
長らくモスクワ音楽院で教鞭を執った後、スペインのソフィア王妃高等音楽院の教授職に就き、欧州を中心に教育活動を続けている。著名な弟子には、ダン・タイ・ソン、アルカーディ・ヴォロドス、デニス・コジュヒンなどがいる。


A300-009
(1CD-R)\1800
ダヴィッド・オイストラフ指揮&モスクワ・フィル
 J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067
 ヘンデル:組曲「水上の音楽」(ハーティ版)
ダヴィッド・オイストラフ指揮 
モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya 03343/4 1960年代録音ステレオ

オイストラフには指揮者としての活動歴もあり、ベルリン・フィルを自ら指揮しながらのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲、モスクワ放送交響楽団を指揮したブラームスの交響曲第2番、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してのチャイコフスキーの 交響曲第5番 の録音もあった。

A300-010
(1CD-R)\1800
グラズノフ四重奏団&ルーマニア放送四重奏団
 (1)シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810「死と乙女」
 (2)ラヴェル:弦楽四重奏曲ヘ長調
(1)グラズノフ四重奏団
  (1st Vn) ルカシェフスキー
  (2nd Vn) ギンスブルク
  (Vla) シェール
  (Vc) モギレフスキー
   12inch Melodiya D02509/10 1956年頃録音モノラル
(2)ルーマニア放送四重奏団
   10inch electrecord MTS13/4 1950年代後期録音モノラル

 グラズノフ四重奏団。この弦楽四重奏団の弦楽四重奏団の歴史は長く、1917年のSP時代にまでさかのぼり、作曲家のグラズノフが自分の弦楽四重奏曲第6番を彼らに献呈したことから、グラズノフ四重奏団と命名されたのが始まり。

A300-011
(1CD-R)\1800
ゴリデンヴェイゼル、サモスードによるモーツァルト
 (1)モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調kv.466
 (2)モーツァルト:交響曲第40番ト短調kv.550
(1)
(ピアノ) アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル
A.シュレシェフスキー指揮 
ソビエト国立放送交響楽団
12inch Melodiya D03892
1950年代初期録音モノラル

(2)
サムイル・サモスード指揮 
モスクワ国立放送交響楽団
12inch Melodiya D0381
1952年頃録音モノラル

 アレクサンドル・ボリソヴィチ・ゴリデンヴェイゼルは、1875年生まれのロシアのピアニストです。モスクワ音楽院で学び、1906年から同院で教鞭を執り、二度にわたり院長も務めました。
 彼は多くの著名な音楽家を育て、第1回チャイコフスキー国際コンクールの審査員長も務めました。作曲家としても活躍し、歌劇や管弦楽曲、室内楽曲などを残しています。
 演奏スタイルは、硬質なタッチと安定したリズム感、やや遅めのテンポ設定が特徴で、ラフマニノフの演奏様式に近いとされています。
 また、文豪レフ・トルストイとも親交があり、その回想録も著しています。ゴリデンヴェイゼルは1961年に86歳で亡くなりました。




 サムイル・アブラモヴィチ・サモスードは、1884年にトビリシで生まれたソビエト連邦の著名な指揮者です。チェリストとしてキャリアを始め、後に指揮者に転向しました。
 彼は、ペテルブルク人民会堂オペラ劇場、マリインスキー劇場、ミハイロフスキー劇場など、ロシアの主要な音楽機関で指揮者を務めました。1936年にモスクワに招かれ、ボリショイ劇場を主導し、その後スタニスラフスキーおよびネミロヴィチ=ダンチェンコ記念モスクワ・アカデミー音楽劇場の主任監督を務めました。
 サモスードは、その後モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団を率い、1957年にはロシア国立シンフォニー・カペラを創設しました。
 彼は、プロコフィエフやショスタコーヴィチなど、ソビエト時代の重要な作品の初演者として知られています。
 1964年にモスクワで亡くなり、ノヴォデヴィチ墓地に埋葬されました。



A300-012
(1CD-R)\1800
コンスタンティン・イワノフ指揮&ソビエト国立響
 ベートーヴェン:交響曲第8番へ長調op.93
 ボロディン:交響曲第2番ロ短調
コンスタンティン・イワノフ指揮 
ソビエト国立交響楽団
12inch Melodiya D012713 & 10inch 4892
1950年代録音モノラル

 コンスタンティン・コンスタンティノヴィチ・イワノフは、1907年にロシアのトゥーラ県で生まれたソビエト連邦の指揮者・作曲家です。赤軍で音楽教育を受けた後、モスクワ音楽院で指揮法を学びました。
 1938年の全ソビエト連邦指揮者コンクールで第3位に入賞し、その後、様々なオーケストラで指揮者として活躍しました。1946年からは約20年間、ソヴィエト国立交響楽団の首席指揮者を務め、国内外で精力的に公演を行いました。
 イワノフは指揮者としての活動と並行して作曲も行い、交響曲や交響詩、協奏曲などを残しています。彼の功績は高く評価され、1949年にスターリン賞、1958年にソ連人民芸術家の称号を受けました。メロディアレーベルに多くの録音を残し、1984年にモスクワで亡くなりました。



A300-013
(1CD-R)\1800
3人の名手たち
 アウグスティン・レオン=アラ、アイラ・エルドゥラン、マルク・コミサロフ
ルクレール:ソナタ第6番ハ短調(le tombeau)
パガニーニ:ラ・カンパネルラ
(ヴァイオリン) アウグスティン・レオン=アラ
(ピアノ) タマラ・フィードラー
10inch Muza L0223 &Eterna 720102
1957年頃録音モノラル
ヴィエニャフスキ:ポロネーズニ長調op.4 (ヴァイオリン) アイラ・エルドゥラン
(ピアノ) インナ・コレゴルスカヤ
ヴェラチーニ:アカデミック・ソナタ「コンチェルト・ソナタ」ホ短調op.2-8
プロコフィエフ:5つのメロディ
(ヴァイオリン) マルク・コミサロフ
(ピアノ) タマラ・フィードラー
チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォハ長調op.34 (ヴァイオリン) レオニード・コーガン
アレクサンドル・ガウク指揮 
ソビエト放送国立交響楽団
Private Tape
1952年ライヴ録音モノラル
チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォハ長調op.34 (ヴァイオリン) ガリーナ・バリノワ
サムイル・サモスード指揮 
モスクワ放送交響楽団
Private Tape 1953年 
ライヴ録音モノラル

 アグスティン・レオン・アラは、スペインのカナリア諸島サンタ・クルス・デ・テネリフェで生まれ、ロンドンの王立音楽院とブリュッセルで研鑽を積みました。
 国際コンクールで受賞後、ヨーロッパ、南米、アメリカ、日本で著名なオーケストラや指揮者と共演し、ヴァイオリン・ソリストとして輝かしい国際的キャリアを築きました。多くの現代作曲家が彼のために作品を捧げています。
 教育者としても卓越した貢献をし、ブリュッセル王立音楽院やバルセロナ音楽院など、様々な機関で教鞭を執りました。また、室内楽奏者としても活躍し、1994年にはホアキン・ロドリゴ室内管弦楽団を設立しました。
 レオン・アラは多数のレコーディングを行い、ホアキン・ロドリゴのヴァイオリンとピアノのための全作品などを録音しています。




 アイラ・エルドゥラン。トルコのイスタンブール生まれ。1934年9月22日生まれ。
 幼いときにアメリカでフランチェスカッティに師事し、モスクワでオイストラフに教えを受けたこともあったというエルドゥラン。
 1987年、彼女のコンサートを聴いてしまったピアニストの「ファジル・サイ」は、絶対にそのときのコンサートを忘れないだろう、と語った。「苦しみ、不屈の闘志、愛、死、勇気、恐れ、すべての感情がそのコンサートにはあった」と。「あなたが石のような心をお持ちでなければ、彼女の演奏を聴いて泣くことになるでしょう」。
 オイストラフが彼女の演奏を聴いて「才能が炎となって吹き出してくる」、と語ったのは決して誇張ではない。



 マーク・コミサロフは、1928年に当時レニングラードと呼ばれていたサンクトペテルブルクで生まれ、彼の世代で最も才能あるヴァイオリン奏者の一人でした。
 故郷の音楽院(後に彼自身が教授となる)を卒業、1957年 第3回 ヘンリク・ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール 第3位入賞。
 主に国内で演奏活動を行い、非常に活発なコンサート生活を送りましたが、1998年にアメリカ合衆国で亡くなりました。




A300-014
(1CD-R)\1800
カルロ・ゼッキ指揮&ソビエト国立響
 ハイドン:交響曲第96番ニ長調「奇跡」
 シューマン:交響曲第4番ニ短調op.120
カルロ・ゼッキ指揮
ソビエト国立交響楽団
12inch Melodiya 016727
1960年頃録音モノラル

 カルロ・ゼッキは、1903年にローマで生まれたイタリアのピアニスト兼指揮者。
 ローマの音楽院で学んだ後、ベルリンでブゾーニとシュナーベルに師事した。
 1920年にソリストとしてデビューし、一時はベネデッティ・ミケランジェリのライバルとして注目された。しかし、1939年には室内楽に重点を移し、エンリコ・マイナルディとデュオを組んだ。
 1938年から指揮法を学び始め、1947年から世界的に活躍。1966年からはウィーン室内管弦楽団の首席指揮者を10年間務めた。
 教育者としても有名で、ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミアでピアノを教えたほか、ザルツブルクでもマスタークラスを開講した。指揮者としてはバレンボイム、アバド、メータなど多くの著名な音楽家を指導している。
 1984年、ザルツブルクで死去。



A300-015
(1CD-R)\1800
パシャーエフ指揮&ボリショイ劇場管
 シューベルト:交響曲第8番ロ短調「未完成」D759
 ベートーヴェン:
  フィデリオ序曲
  エグモント序曲
  コリオラン序曲
アレクサンドル・メリク=パシャーエフ指揮
ボリショイ劇場管弦楽団
12inch Melodiya 011156/6
1960年頃録音モノラル

 アレクサンドル・メリク=パシャーエフは、1905年にグルジアのティフリスで生まれたソビエト連邦の著名な指揮者・作曲家。
 トビリシ音楽院とレニングラード音楽院で学ぶ。
 彼の経歴は、1923年からのトビリシ歌劇場での指揮者としての活動に始まり、1931年にはボリショイ劇場の指揮者陣に加わり、1953年から1963年まで音楽監督を務め、その間に国外公演を成功させた。
メリク=パシャーエフは、1942年と1943年にスターリン賞第1席を受賞している。作曲家としても活躍し、オペラや交響曲、歌曲などを残した。
 1964年にモスクワで死去。



A300-016
(1CD-R)\1800
(ピアノ) レギナ・スメンジャンカ
 19世紀のポーランド作曲家によるピアノ曲集

  オギンスキ:ポロネーズ変ロ長調 ピアノのための5つの舞曲
  ヤ二エヴィチ:アンダンテと変奏曲
  レッセル:ウクライナの歌による変奏曲op.15-1
  シマノフスカ:ノクターン変ロ長調 2つのマズルカ ポロネーズヘ短調 練習曲ホ長調
(ピアノ) レギナ・スメンジャンカ
12inch MUZA XL0355 - 1960年代初期録音モノラル

 レギナ・スメンジャンカは1924年生まれのポーランドのピアニスト。
 クラクフ国立音楽アカデミーを卒業した直後、ちょうど再開したフレデリック・ショパン国際ピアノコンクールの11位に入賞、1950年から1955年にズビグニェフ・ジェヴィエツキの弟子となり国際的な経歴を打ち立てた。
 ショパン音楽アカデミーの教授を1996年まで務め、一時期学長も務めた。1970年、1980年、1995年、2000年のショパンコンクール審査員。
 2011年9月15日、ワルシャワで86歳で没した。

  ピアニストの間では有名なこんな本も出てます。


ショパンも聴いてみたいですよね。
CHOPIN, Berceuse
https://youtu.be/4R6dmkquws4?si=ix7syXzmgwwX_hbR


A300-017
(1CD-R)\1800

アルヴィド・ヤンソンスとロヴロ・フォン・マタチッチ
フランク:交響曲二短調 アルヴィド・ヤンソンス指揮
ソビエト国立交響楽団
12inch Melodiya D17503 - 1960年頃録音モノラル
スメタナ:チェコの歌 ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
プラハ・フィルハーモニー合唱団
private tape ライヴ録音ステレオ 拍手入

(録音データの不記載につきましては、商品ジヤケット裏にて記載しています)


A300-018
(1CD-R)\1800
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
 R.シュトラウス:アルプス交響曲
 J.シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲*
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 
ソビエト国立交響楽団 
モスクワ放送交響楽団*

12inch Melodiya C10 20369008 & 01468
1968年5月5日モスクワ・ライヴ録音ステレオ拍手入
1964年録音モノラル*

おなじみ、はやしひろしさんのページでも絶賛されているソビエト国立交響楽団との1968年のアルプス交響曲が聴ける。ハーグよりすごいらしい。
disc-o-r

スヴェトラーノフのJ.シュトラウス2世の曲は初めて聴くような気がする。

A300-019
(1CD-R)\1800
(ピアノ)ユーリ・ムラヴリョフ
 カルル・エリアスベルク指揮

シュ―マン:交響曲第1番変ロ長調op.38「春」
グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調op.16*
(ピアノ)ユーリ・ムラヴリョフ
カルル・エリアスベルク指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 
ソビエト国立交響楽団*
12inch Melodiya D06205 - 1955年頃録音モノラル

 

 ユーリ・ムラヴリョフ(1927年7月8日 - 2012年9月28日)は、ソビエトとロシアのピアニスト。モスクワ音楽院の教授。
 モスクワ音楽院を優等で卒業、全ロシア演奏家コンクール(1943年)、全連合演奏家コンクール(1945年)で3位。
 ブダペストのワールドユースフェスティバル(1949年)、ワルシャワの第4回フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール(1949年)の受賞者、ザルツブルクの国際モーツァルトコンクール(1956年)で名誉賞と銅メダルを受賞。
 以前Russian Compact DiscからCDが出ていたのでご記憶のある方もいるかと。




 カール・エリアスベルクは1907年、ロシア(現ベラルーシ)生まれの指揮者。
 1907年、ロシア帝国領ミンスクで生まれた。ハリコフ音楽院でヨアヒム・ゴルトベルクにヴァイオリンを学び、レニングラード音楽院のヴァイオリン科に進学して1929年に卒業た。
卒業後から1931年までレニングラードのコミック劇場で働いた後、1932年からレニングラード放送交響楽団の指揮者陣に加わり、1937年から1950年までそこの首席指揮者として活躍した。
 第二次世界大戦中は、1942年のレニングラード包囲戦の最中にドミトリー・ショスタコーヴィチの交響曲第7番を演奏している。
 1944年には、その功績からソ連政府から功労芸術家の称号を贈られた。
 レニングラード放送交響楽団の職を辞してからはフリーランスの立場で演奏活動を続けた。
 1978年、レニングラードで死去。
 大家の協奏曲録音で指揮をしている録音が有名だが、VISTA VERAからはハイドンの交響曲なども出ていた。

A300-020
(1CD-R)\1800
アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル
 コミタス四重奏団

  モーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番ト短調Kv.478
  ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第3番二長調op.18-3
(ピアノ)アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル
コミタス四重奏団
10inch Melodiya D12775 &3071
- 1950年代録音モノラル

 アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルは1875年生まれのロシアのピアニスト。ユダヤ系。
 ロシアの名教師の一人。

 モスクワ音楽院でピアノをアレクサンドル・ジロティとパヴェル・パプストに、作曲をセルゲイ・タネーエフとアントン・アレンスキーならびにミハイル・イッポリトフ=イヴァーノフに学ぶ。
 1904年からフィルハーモニー協会附属学園の教授を務め、1906年より母校モスクワ音楽院でも教鞭を執り、1922年から1924年まで、および1939年から1942年までは院長も務めた。

 門弟にサムイル・フェインベルクやグリゴリー・ギンズブルク、タチアナ・ニコラーエワ、ラザーリ・ベルマン、ニコライ・カプースチンら、そうそうたる人たちがいる。
 また、第1回チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で審査員長を務め、ヴァン・クライバーンのラフマニノフ作品の演奏を「作曲者自身の演奏様式を思い出させた」と言って称賛した。

 ヴラディーミル・ソフロニツキーがスクリャービンの後継者と呼ばれ、軽やかなタッチと自由奔放なリズム感覚、幽玄な音色を特色としているのに対し、ゴリデンヴェイゼルは硬質なタッチとイン・テンポによる安定したリズム感とやや遅めのテンポ設定、旋律を纏綿と歌い上げる傾向においてラフマニノフの演奏様式に近い。
 スクリャービンの《幻想曲ロ短調》作品28の初演者であり、ラフマニノフの「2台のピアノのための組曲第2番」を献呈されている。

 1945年レーニン勲章、1947年スターリン賞第一席。
 晩年のレフ・トルストイと非常に親しく(最期も看取っている)、回想録も著していることで有名。

ベートーヴェンの「月光」が聴けます。第1楽章を聴いたところではどうなることかと思いましたが、終楽章はさすが大巨匠らしい圧巻の演奏を聴かせてくれます。
https://youtu.be/v5fSViutJPo?si=Hxv2CG1g8Hxp8IYQ




 コミタス四重奏団はアルメニア音楽の父とされる作曲家コミタスの名を冠する団体。
 いまから100年前の1924年11月にモスクワで設立されたが、なんと現在も演奏を続けている。実に世界最古の弦楽四重奏団と呼ばれているらしい。
 1946年にはスターリン賞を獲得、EMIなどにも録音を残した。
 幸松肇氏の言葉を借りると、「(ロシアもの、ソビエトものでは)感情を一気に爆発させる部分では、第1ヴァイオリンの無骨なボウイングが全体のバランスを大きく崩壊させている」、今回のベートーヴェンに関しては「力強いタッチで真正面から曲に対応していく逞しさには好感が持てる」・・とのことで男性的で雄渾な演奏なのだろうか。。。聴いてみたい。
 これは2014年のコミタス四重奏団。年代差が激しい!



A300-021
(1CD-R)\1800
ポーランドの名匠ヴィトルト・ロヴィツキ
 (1)ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズop.22
 (2)グリーグ:「ペール・ギュント」第1,2組曲
 (3)モーツァルト:交響曲第35番ニ長調kv385「ハフナー」
(1)
(ピアノ) ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ
ヴィクトル・ロヴィッキ指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
12inch Muza XL0057 ― 1950年代後期録音モノラル

(2)
アルノルト・レズレル指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
10inch Muza L0095 ー 1950年代録音モノラル

(3)
ヴィクトル・ロヴィッキ指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
10inch Muza L0037 ー 1950年代録音モノラル




 ポーランドの名匠ヴィトルト・ロヴィツキ(1914年2月26日 タガンログ - 1989年10月1日 ワルシャワ)。ヤン・クレンツやスタニスワフ・ヴィスウォツキとともに、「ポーランド三羽烏」と並び称せられた。
 クラクフ音楽院にてヴァイオリンと作曲を学び、戦時中にドイツに渡り、ルドルフ・ヒンデミット(有名な作曲家パウル・ヒンデミットの弟)に指揮法の個人指導を受けるが、終戦まではヴァイオリン奏者として活動を続けた。
祖国解放までにポーランド国立放送交響楽団やワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の結成に参加し、1958年から1977年まで後者の音楽監督を務めた。
1982年から1985年までバンベルク交響楽団の首席指揮者に迎えられた。
 アントニーン・ドヴォルジャークの交響曲全集を発表したほか、同時代のポーランド人作曲家の諸作品を好んで録音した。どちらかというとリヒテルやミケランジェリなどの巨匠との録音が有名。
 今回はあまりおもてに出ることのない「ハフナー」が収録されている。




 アーノルド・レズレルは1909年生まれのポーランドの音楽家で、チェロ奏者、指揮者、作曲家として活躍した。
 第二次世界大戦前後にポーランド各地で音楽活動を展開し、ポーランド国営放送のオーケストラ指揮者や、ワルシャワ・フィルハーモニー副指揮者を務めた。また、軍楽隊の芸術監督や音楽大学の教授としても活躍し、多くの録音や編曲を手がけた。
 1992年にドイツに移住し、2000年に91歳で亡くなった。



レズレルの指揮が聴ける

Burg 1213
\1800
ギンペル/レズレル指揮&ワルシャワ国立フィル
 華麗なポロネーズop.21 op. 4
 マズルカ「旅芸人」 「オベルタス」 「クヤヴィアク」
 スケルツォ・タランテッラ
 「ファウスト」の主題による幻想曲op. 20
 伝説op. 17
(全8曲)
(ヴァイオリン) ブロニスワフ・ギンペル
レズレル指揮 
ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
12inch Muza SX0104
1962年1963年録音ステレオ



A300-022
(1CD-R)\1800
ダニール・シャフラン
 カルル・エリアスベルク

(1)サン=サーンス:動物の謝肉祭(全14曲)
(2)チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲op.33
(3)ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」より
  ラコッツィ行進曲 妖精の踊り 鬼火のメヌエット
(1)(ピアノ) エミール・ギレリスとヤコブ・ザーク
(チェロ) ダニール・シャフラン他
カルル・エリアスベルク指揮 ソビエト国立交響楽団
10inch Melodiya D1101 ー 1950年代録音モノラル

(2)
(チェロ) ダニール・シャフラン
ミクローシュ・エルデーイ指揮 ハンガリー国立交響楽団
Private tape ライヴ録音ステレオ 拍手入
(不記載の録音データは商品ジャケット裏にて掲載しています。)

(3)
カルル・エリアスベルク指揮 ソビエト国立交響楽団
12inch Melodiya ー 1950年代録音モノラル



 リヒテルはシャフランについてこう語った。
 「ロストロポーヴィチに感動したって?でもシャフランを聴くまでは待ったほうがいい」・・・。
 ロストロポーヴィチと1950年「プラハの春」国際音楽コンクールの1位を分け合った名匠ダニール・シャフラン。
 さまざまな著名人がこれまでシャフランの伝説について語ってきたが、いまだに海外でも彼を熱心に信奉する人は多く、たとえばシャフランを理想のチェリストとするイッサーリスは、かつてどうしてもシャフランの演奏が生で聞きたくて、親友のムストネンとともに彼のコンサートを組んでしまったという。
 シャフランの前にシャフランはいない。そしてシャフランのあとにもシャフランはいない。
 その空前絶後といっていい独特の歌いまわしはまさに孤高の存在である。気ままで、歌いすぎ、崩しすぎのところもあり、まるで場末の酒場で酔っ払いが演奏しているような雰囲気のときさえある。しかし一度人の心を掴んだら離さない。その甘美で妖艶なまでのチェロの音色に引きずり込まれていくことになる。





 1907年、ロシア帝国領ミンスクで生まれた指揮者カール・イリイチ・エリアスベルク。
 ハリコフ音楽院でヨアヒム・ゴルトベルクにヴァイオリンを学び、レニングラード音楽院のヴァイオリン科に進学して1929年に卒業した。
 卒業後から1931年までレニングラードのコミック劇場で働いた後、1932年からレニングラード放送交響楽団の指揮者陣に加わり、1937年から1950年までそこの首席指揮者として活躍した。第二次世界大戦中は、1942年のレニングラード包囲戦の最中にドミトリー・ショスタコーヴィチの交響曲第7番を演奏している。
 1944年には、その功績からソ連政府から功労芸術家の称号を贈られた。レニングラード放送交響楽団の職を辞してからはフリーランスの立場で演奏活動を続けた。
 1978年、レニングラードで死去。


A300-023
(1CD-R)\1800
コンスタンティン・イワーノフ
 ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調op.125「合唱付」(ロシア語)
(S) Korolkova (A) Vinogradova (T) Kuznetsov (B) Praskev
アカデミーロシア共和国合唱団
コンスタンティン・イワーノフ指揮 
モスクワ国立フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya 04133 モスクワ・ライヴ録音ステレオ 拍手入

(不記載の録音データーは商品ジャケット裏にて掲載しています。)



 コンスタンティン・イワノフは1907年生まれの指揮者。
 「豪放」で「精力的」、骨太でエネルギッシュな野性味溢れるイワーノフの魅力をたっぷり堪能できる「第9」。

A300-024
(1CD-R)\1800
ナタン・ラフリン指揮/レオポルド・スティンベルク指揮
 (1)チャイコフスキー:交響曲第2番ハ短調op.17「小ロシア」
 (2)チャイコフスキー: 弦楽セレナーデハ長調op.48
(1)ナタン・ラフリン指揮 ボリショイ劇場管弦楽団
12inch Melodiya ー 1950年代録音モノラル

(2)
レオポルド・スティンベルク指揮 ボリショイ劇場管弦楽団
12inch Colosseum CRLP10190 ー 1950年頃録音モノラル

A300-025
(1CD-R)\1800
パーヴェル・セレブリャコフvsムラヴィンスキー
 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調op.23
 弦楽セレナーデハ長調op.48*
(ピアノ) パーヴェル・セレブリャコフ
エフィゲニー・ムラヴィンスキー指揮 
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
12inch Melodiya
 1953年1月6日 
 1949年4月20日*録音モノラル



 ロシアの名匠セレブリャコフは1906年生まれ。なんとレニングラード音楽院の院長にまでのぼりつめた人。しかしその職を辞することもいとわぬ爆裂演奏。この院長先生の披露演奏とかを入学式とかで聴かされたら、新入生たちはみんなそのまま自信喪失して家路に着くだろう。
 その爆裂院長先生のチャイコフスキー。
 同い年生まれのムラヴィンスキーとの力関係は不明だが(ムラヴィンスキーはすでにスターリン賞を受賞しているし、セレブリャコフはレニングラード音楽院の院長を10年以上務めて退任したあと)、両者はもちろん一歩も引くことなくわたりあう。さすがに状況が状況なのでセレブリャコフもソロ録音のときのような無茶はしていないが、第3楽章終盤にかけては余裕のクライマックス。ムラヴィンスキーがこの曲最初の録音にこの人を選んだというのもうなずける。



A300 026
(1CD-R)\1800
クルト・ザンデルリンク指揮&レニングラード・フィル
 バッハ:管弦楽組曲第1番ハ長調BWV1066*
 ヘンデル:水上の音楽
クルト・ザンデルリンク指揮 
レニングラード・フィル
10inch Melodiya D893 & 12inch 06103 04
1949年* 1950年代録音モノラル


 ザンデルリンクは1935年にソ連に亡命してムラヴィンスキーの下でレニングラード・フィルの第一指揮者を務めていたが、1960年に東ドイツに帰国し、ベルリン交響楽団の芸術監督、首席指揮者に就任、また1964年から1967年まではシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者を兼務した。
 我々が親しく知っているのは東ドイツに帰って以降のザンデルルンク。
 ソ連時代の録音では、ムラヴィンスキーと抱き合わせのセット物のチャイコフスキーの交響曲第4番だけが突出して有名だが、それ以外の録音が紹介されることは極めてまれ。



A300 027
(1CD-R)\1800
(ピアノ) スヴャトスラフ・リヒテル
 スヴェトラーノフ指揮&ソビエト国立交響楽団

  ラフマニノフ:交響曲第3番イ短調op.44*
  ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調op.21
(ピアノ) スヴャトスラフ・リヒテル
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 ソビエト国立交響楽団
Private tape
 1968年12月30日モスクワ・ライヴ録音*拍手入
 1966年 モスクワ・ライヴ録音拍手入

詳細不明。
BMG/MELODIYAで発売されていたラフマニノフの3番は1966年、オケはモスクワ放送交響楽団だった。
BMG/MELODIYAなどから発売されていたショパン(1966年)と同じ音源か不明。

A300 028
(1CD-R)\1800
コンスタンティン・イワノフ指揮&ソビエト国立交響楽団
 チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調op.36
 ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番
コンスタンティン・イワノフ指揮 ソビエト国立交響楽団
12inch Melodiya &Muza -
 1950年代録音モノラル



 コンスタンティン・イワノフは1907年生まれの指揮者。
 貧しい家庭で育つも若くして頭角をあらわし、1938年には第1回全ソヴィエト指揮者コンクールでムラヴィンスキーと第1位を争って注目され、1941年にはモスクワ放送響指揮者となり、1946年にはガウク、ラフリンに続くソビエト国立交響楽団の首席指揮者として活躍、その演奏水準を飛躍的に高めたことで知られる。まさにムラヴィンスキーと並んでソヴィエトの一時代を築いた大指揮者といっていい。
 ただその輝かしい活躍とは裏腹に、現在入手できる音盤は限られている。

A300 029
(1CD-R)\1800
ナタン・ラフリン指揮 
 ソビエト国立響&モスクワ放送響

  ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界より」*
  リスト:ハンガリー狂詩曲第1番ハ短調 第2番ニ短調
ナタン・ラフリン指揮 
ソビエト国立交響楽団*&モスクワ放送交響楽団
12inch Melodiya
1950年代*&1950年頃録音モノラル



 ナタン・ラフリンは1905年生まれ、ウクライナ出身のソビエト連邦の指揮者。

 ユダヤ系の家庭に生まれる。1920年から1923年まで赤軍に所属。1923年から1927年までキエフ音楽院に在籍し、ヴァイオリンをD.F.ベルティエに、指揮法をアレクサンドル・オルロフに師事。また、トランペットも学んだ。その後はレニングラードでマクシミリアン・シテインベルクにも指揮法を師事している。
 ハリコフやキエフ、モスクワ、カザン、ドネツクで指揮者として経験を積んだ後、1937年から1941年まで、また1946年から1962年までウクライナ国立交響楽団の指揮者に迎えられた。
 その間の1941年から1945年にかけてはソヴィエト国立交響楽団の指揮者に就任している。1957年にショスタコーヴィチの《交響曲 第11番「1905年」》の世界初演を指揮。
 1966年よりタタールスタンのカザン管弦楽団の首席指揮者に就任した。
 このほかに、モスクワ放送交響楽団やレニングラード交響楽団なども指揮している。

 19世紀のロマン主義音楽を得意とし、ベルリオーズの《幻想交響曲》とリストの交響詩やチャイコフスキーの管弦楽曲など、なかんずく標題音楽の解釈に長けていた。ボリス・リャトシンスキーやヴィクトル・コセンコ、ワディム・ゴモリャカ、ヘオルヒイ・マイボロダ、レフコ・コロドゥープなどのウクライナ人作曲家の作品もレパートリーに入れた。生前は、多くのソヴィエト映画に音楽監督として名を連ねるなど、ソ連の名指揮者の一人に数えられたにもかかわらず、遺憾なことに重要な録音が入手し難い現状にある。



A300 030
(1CD-R)\1800
スパイ活動を拒否してアメリカに亡命した
 ルーベン・ヴァルタニアン指揮&モスクワ放送交響楽団

  ハイドン:交響曲第82番ハ長調「熊」
  フリードリヒ・ヴィット:交響曲ハ長調「イエナ交響曲」
ルーベン・ヴァルタニアン指揮 
モスクワ放送交響楽団

12inch Melodiya
1960年代中期録音ステレオ



ルーベン・ヴァルタニヤンはモスクワ音楽院(指揮科)で学び、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団(芸術監督・首席指揮:キリル・コンドラシン)、ソビエト連邦ボリショイ劇場(首席指揮:エフゲニー・スヴェトラーノフ)でアシスタントとして活躍。
ヘルベルト・フォン・カラヤンは彼をウィーン国立歌劇場のアシスタントに任命した。
1967年から1970年にかけて、アルメニア・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者と、1970年からは、ボリビア国立交響楽団の芸術監督兼首席指揮者、ソビエト連邦ボリショイ劇場の指揮者を務めた。
ボリビア政府に対するスパイ活動を拒否したため、ソビエト当局と衝突。ブレジネフ政権により、1980年にモスクワのボリショイ歌劇場で指揮者に戻ることができたが、1988年にボリビアで客演指揮をした際、亡命してアメリカに移住した。
1991年以来、アメリカのアーリントン交響楽団で芸術監督および首席指揮者を務め、2008年に亡くなっている。



A300-031
(1CD-R)\1800
リトアニア国立四重奏団
 ハイドン:弦楽四重奏曲ニ長調op.20-4
                ト短調op.74-3「騎手」
リトアニア国立四重奏団
12inch Melodiya 05648 - 1960年頃モノラル録音


A300-032
(1CD-R)\1800
ナタン・ラフリンの「スコットランド」
 (1)メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調op.56「スコットランド」
 (2)E.アンゲラー(ハイドン作曲?):「おもちゃの交響曲」よりAllegro
 (3)モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジークkv.525
(1)ナタン・ラフリン指揮 
ソビエト国立交響楽団
12inch Melodiya D0731 - 1952年3月録音モノラル

(2)
ナタン・ラフリン指揮 
モスクワ国立フィルハーモニー管弦楽団
78rpm CCCP815/2 - 1940年頃録音モノラル

(3)イオシフ・コンタ指揮 
ルーマニア国立放送管弦楽団
PrivateTape ライヴ録音ステレオ拍手入
録音データは商品に記載しています。(ARDMORE)




 ナタン・ラフリンは1905年生まれ、ウクライナ出身のソビエト連邦の指揮者。

 ユダヤ系の家庭に生まれる。1920年から1923年まで赤軍に所属。1923年から1927年までキエフ音楽院に在籍し、ヴァイオリンをD.F.ベルティエに、指揮法をアレクサンドル・オルロフに師事。また、トランペットも学んだ。その後はレニングラードでマクシミリアン・シテインベルクにも指揮法を師事している。
 ハリコフやキエフ、モスクワ、カザン、ドネツクで指揮者として経験を積んだ後、1937年から1941年まで、また1946年から1962年までウクライナ国立交響楽団の指揮者に迎えられた。
 その間の1941年から1945年にかけてはソヴィエト国立交響楽団の指揮者に就任している。1957年にショスタコーヴィチの《交響曲 第11番「1905年」》の世界初演を指揮。
 1966年よりタタールスタンのカザン管弦楽団の首席指揮者に就任した。
 このほかに、モスクワ放送交響楽団やレニングラード交響楽団なども指揮している。

 19世紀のロマン主義音楽を得意とし、ベルリオーズの《幻想交響曲》とリストの交響詩やチャイコフスキーの管弦楽曲など、なかんずく標題音楽の解釈に長けていた。ボリス・リャトシンスキーやヴィクトル・コセンコ、ワディム・ゴモリャカ、ヘオルヒイ・マイボロダ、レフコ・コロドゥープなどのウクライナ人作曲家の作品もレパートリーに入れた。生前は、多くのソヴィエト映画に音楽監督として名を連ねるなど、ソ連の名指揮者の一人に数えられたにもかかわらず、遺憾なことに重要な録音が入手し難い現状にある。




 後半はルーマニアの指揮界の御大イオシフ・コンタ(1924年 - 2006年)のモーツァルト。
 イオシフ・コンタはティミショアラ音楽院等でヴァイオリンを専攻し、1948年に卒業後はブカレスト音楽院でコンスタンティン・シルヴェストリやジョルジェ・ジョルジェスクらに師事。
 音楽院在学中の1952年には文芸誌『現代』の編集者としても働いた。
 1954年に音楽院を卒業後は、ロンドンでトマス・ビーチャムの所で短期間学び、同年より1982年までルーマニア国立放送管弦楽団の首席指揮者となった。
 その後は母校のブカレスト音楽院で教鞭をとり、晩年はイズミルの市立管弦楽団の育成にも携わった。
 個性的な解釈ながら堂々としたスケールをもち、東欧の音楽家はつくづくなにか異国的だと思わせられる。

A300-033
(1CD-R)\1800
元祖爆演指揮者
ユーリ・シモノフ指揮&ボリショイ劇場管
 ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付」
  (ロシア語による第4楽章)
ユーリ・シモノフ指揮 
ボリショイ劇場管弦楽団/合唱団
(S) タマラ・ミラシュキナ
(Ms) エレーナ・オブラスツォワ
(T) アレクセイ・マスレンニコフ
(B) エフゲニー・ネステレンコ

12inch Melodiya C10 08143 ライヴ録音ステレオ拍手入
録音データは商品に記載しています。(ARDMORE)

 元祖爆演指揮者シモノフの、MELODIYAに残された「第9」。


 ユーリ・シモノフは1941年、ロシア共和国西部サラトフ生まれ。
 早くから指揮の才能を示し、生地の音楽学校在学中の1953年に、学校オーケストラでモーツァルトの交響曲第40番を指揮してデビュー。
 1956年レニングラード音楽院に入学し、1965年までJ.クラマロフにヴィオラを、1968年までラビノヴィチに指揮を学んだ。
 1968年-69年にはムラヴィンスキーのもとでレニングラード・フィルの副指揮者、1969年モスクワのボリショイ劇場指揮者、1970年同劇場首席指揮者となる。
 特にロシアの近代、現代作品を得意とし、1972年にはシチェドリンのバレエ「アンナ・カレーニナ」の世界初演を指揮した。

 しかしその名をとどろかせたのはその爆裂変態演奏。そしてその「地獄のタコ踊り」と呼ばれる独特の指揮姿。
 演奏しているだけで客席が爆笑する指揮者は世界広しといえどこの男しかいない。

 ただロイヤル・フィルの一部の録音を除いてCDが手に入らない。
 市場に出れば間違いなく爆発的に売れるのに、残念ながら日本ではまったく流通していない。


 今回の「第9」は録音年が不明だが、あの幻のRMSレーベルのベートーヴェン交響曲全集セットの中に入っていたものと同じではないか。(第9以外はモスクワ・フィルだった)
 ひょっとしたらARDMORE最大のヒット作になるかも。

RMSレーベルのベートーヴェン交響曲全集

A300-034
(1CD-R)\1800
三者三様
 リアナ・イサカーゼ、ゲーリー・カー、ヴィクトリア・ムローヴァ

(1)メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調
(2)ドラゴネッティ:コントラバス協奏曲イ長調
(3)チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35-第1楽章
(1)(ヴァイオリンと指揮) リアナ・イサカーゼ
グルジア室内管弦楽団
(ブラチスラヴァ音楽祭より)ステレオ録音拍手入

(2)(コントラバス) ゲーリー・カー
イエジー・マクシミウク指揮 
ポーランド室内管弦楽団
ステレオ録音拍手入

(3)(ヴァイオリン) ヴィクトリア・ムローヴァ
パーヴェル・コーガン指揮 
ソビエト国立交響楽団
チャイコフスキー・コンクール第1位記念演奏会
ライブ録音ステレオ拍手入

全てPrivateTape
録音データは商品に記載しています。(ARDMORE)

 Liana Isakadze (リアナ・イサカーゼ)は、1946年8月2日生まれのジョージアの女性ヴァイオリニスト。
 モスクワ音楽院でダヴィド・オイストラフに師事。
 1965年のロン=ティボー=クレスパン国際コンクールのヴァイオリン部門で優勝。1970年には、チャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門で第2位、第2回シベリウス国際ヴァイオリンコンクールでパヴェル・コーガンとともに第1位を受賞。
 その高い演奏技術で世界各地で演奏活動を行った。
 またナイトセレナーデ(ジョージア、ドイツ)、ミュージシャンジョーク(トビリシ、モスクワ)、ボルジョミの芸術祭、ウィーンとリヒテンシュタインのリアナ・イサカゼフェスティバルなど、数多くの国際的な音楽祭を創立した。
 また2015年の第15回チャイコフスキー国際コンクールの審査員も務めた。
 1970年にジョージア功績芸術家(Meritorious Artist of the Georgian SSR)に選ばれ、1988年にはソ連人民芸術家を授与されている。1998年ンと2002年にジョージア名誉勲章を授与されている。



ゲーリー・カーは1941年11月20日生まれ、アメリカロサンジェルス生まれ、カナダ在住のコントラバス奏者。
コントラバス初のソリスト。
ソロ楽器としてのコントラバスの魅力と可能性を確立したヴィルトゥオーゾ。
コントラバスのソロ演奏における音響的、技術的な困難を解消し、ドラゴネッティやボッテジーニのようにコントラバスソリストとしての活動を続け、ソロ楽器としてのコントラバスの魅力を伝え続けている。



ご存知ヴィクトリア・ムローヴァは1959年生まれのロシア出身のヴァイオリニスト。
地元の音楽学校を経てモスクワ中央音楽学校に学び、モスクワ音楽院でレオニード・コーガンに師事。
1980年にヘルシンキでのシベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで、1982年にチャイコフスキー・コンクールで優勝。
1983年にフィンランドでの演奏旅行中に、伴奏者のヴァフタング・ジョルダニアと共に亡命を図り、西側へ移住した。
チャイコフスキー・コンクール第1位記念演奏会ライブ。

 


A300-035
(1CD-R)\1800
コンスタンティン・イワノフ、フェドセーエフ、キタエンコ、・ラザレフの師
 大偉人レオ・ギンズブルクのブラームス

(1)ブラームス:交響曲第4番ホ短調op.98
(2)スメタナ:「我が祖国」-高い城 ボヘミアの森と草原より
(1)レオ・ギンズブルグ指揮
 ソビエト国立交響楽団
12inch Melodiya D04940 - 1950年代録音モノラル

(2)カレル・アンチェル指揮 
モスクワ放送交響楽団
10inch Melodiya 8845 - 1950年代録音モノラル



 レオ・ギンズブルク(1901年4月12日 - 1979年11月1日)は、ソビエト連邦の指揮者、ピアニスト、音楽教師。
 ロシア連邦共和国功労芸術労働者(1966年授与)。

 ワルシャワのユダヤ人の家系に生まれる。
 ニジニ・ノヴゴロドの音楽学校で教育を受けた後、モスクワ音楽院に入学し、1923年から1928年の間、同校で指揮法をコンスタンチン・サラジェフ、ニコライ・ゴロワノフ、ニコライ・マルコに、音楽理論をゲオルギー・カトゥアール、ゲ
 オルギー・コニュス、ボレスラフ・ヤヴォルスキーらに学ぶ。
 この他バウマン記念モスクワ国立工科大学に学び化学技師の学位を取得、モスクワ大学では心理学を学んでいる。
 1929年から1931年にかけては、ヴァイマル共和政下のベルリンに留学し、ベルリン芸術大学で放送音響技師としての学位も習得している。
 ベルリン時代には、ヘルマン・シェルヘンに学び、オットー・クレンペラー、レオ・ブレッヒらの指導も受けた。

 指揮者としては、1924年に活動を始め、ニコライ・ミャスコフスキー、アラム・ハチャトゥリアン、カバレフスキー、クニッペル、ラーコフ、シェバリーンらの作品の紹介に努めている。
 1932年にモスクワ放送交響楽団、1940年にソヴィエト国立交響楽団の指揮者陣に名を連ね、1944年から1945年の間は、ノヴォシビルスク・オペラ・バレエ劇場の首席指揮者、1945年から1948年にかけては、アゼルバイジャンの国立フィルハーモニー協会の首席指揮者として活動し、1950年から1954年まではモスクワ国立交響楽団の首席指揮者を務めている。

 母校であるモスクワ音楽院では、指揮法の教師として1930年より亡くなるまでの間、およそ半世紀にわたり教鞭を執り続けた。
 1939年に教授に昇格し、1940年から1943年、1956年から1961年の二度にわたり主任を務めている。
 門弟はおよそ100人に及び、著名な者として、コンスタンティン・イワノフ、ヴェロニカ・ドゥダロワ、イズラエル・グスマン、フアト・マンスロフ、ゲンナジー・チェルカーソフ、ウラジーミル・フェドセーエフ、ドミトリー・キタエンコ、アレクサンドル・ラザレフ、アレクサンドル・アニシモフ、ラヴィル・マルティノフ、パヴェル・コーガン、アレクサンドル・ミハイロフ等がいる。

 1979年にモスクワで没した。




 後半はカレル・アンチェルとモスクワ放送交響楽団の珍しい録音。 Melodiya音源。


A300-036
(1CD-R)\1800

1940年代のムラヴィンスキー&レニングラード・フィル

 チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調「悲愴」op.74*
 バレエ「眠れる森の美女」
   ~終曲、パ・ダクション、パ・ド・カトル、パ・ド・シス、踊りの情景、第1幕のワルツ
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya 1949年* 1947年録音モノラル

ムラヴィンスキー最初期の「悲愴」。



A300-037
(1CD-R)\1800
アレクサンドル・スヴェシニコフ指揮
 ソビエトのモツレク

 モーツァルト:レクイエム ニ短調kv.626(ジュスマイヤー版)
(S) エレーナ・エゴロワ
(A) グラフィラ・コロレワ
(T) アレキセイ・マースレンニコフ
(B) マルク・レシェーチン
アレクサンドル・スヴェシニコフ指揮 
ソビエト国立交響楽団&合唱団
10inch Melodiya 5400/3 - 1950年代録音モノラル

アレクサンドル・スヴェシニコフは、ソビエト連邦の著名な合唱指揮者、教育者、社会活動家。
1889年9月12日にコロムナで生まれ、1980年1月3日にモスクワで亡くなりました。
生涯を通じてロシアの合唱音楽の発展に貢献し、多くの重要な役職を務めました。

1936年 国立ソ連合唱団を設立
1941年から晩年まで国立ロシア民謡合唱団(現在は彼の名を冠している)を率いる
1944年にモスクワ合唱学校(後に彼の名を冠することになる)創設
1948年から1974年までモスクワ音楽院の学長を務めた

スヴェシニコフは、ロシア合唱界の重鎮として知られ、その指導力と芸術性によって多くの賞賛を受けました。
その功績は広く認められ、1956年にソ連人民芸術家の称号を、1970年には社会主義労働英雄の称号を授与されました。1946年スターリン賞二等を受賞。
チャイコフスキー国際コンクールの声楽部門(1966年、1970年、1974年)の審査員を務めています。

A300-038
(2CD-R)\2900
ザンデルリンク指揮&レニングラード・フィル
 モーツァルト:
  ディヴェルティメント第17番ニ長調kv.334より第1,2,3.6楽章
  交響曲第33番変ロ長調kv.319
 シューマン:序曲,スケルツォとフィナーレop.52
 ベートーヴェン:エグモント序曲*
クルト・ザンデルリンク指揮 
レニングラード・フィルハーモニー
ベルリン放送交響楽団*
LP Melodiya & private tape* 1950年代録音&1970年ライヴ録音*
モノラル&ステレオ*

薄型CDを2つ組み合わせたものになります。


 ザンデルリンクは1935年にソ連に亡命してムラヴィンスキーの下でレニングラード・フィルの第一指揮者を務めていたが、1960年に東ドイツに帰国し、ベルリン交響楽団の芸術監督、首席指揮者に就任、また1964年から1967年まではシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者を兼務した。
 我々が親しく知っているのは東ドイツに帰って以降のザンデルルンク。
 ソ連時代の録音では、ムラヴィンスキーと抱き合わせのセット物のチャイコフスキーの交響曲第4番だけが突出して有名だが、それ以外の録音が紹介されることはあまりない。



A300-039
(2CD-R)\2900
ユーリ・シモノフ指揮&ベルギー国立管
 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
 ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調op.55「英雄」
(ヴァイオリン) リアナ・イサカーゼ
ユーリ・シモノフ指揮 
ベルギー国立管弦楽団

「アスコーナ音楽週間」よりライヴ録音ステレオ拍手入

薄型CDを2つ組み合わせたものになります。
(録音日時は商品ジャケットにて掲載しています)

A300-040
(1CD-R)\1800
3人の巨匠によるロシア作品集
 コンドラシン、ロジェストヴェンスキー、イワノフ

(1)リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲op.34
  リャードフ:8つのロシア民謡op.58
(2)チャイコフスキー:幻想的序曲「ハムレット」op.67
(3)チャイコフスキー:イタリア奇想曲op.45

(1)キリル・コンドラシン指揮
 モスクワ・フィルハーモニー
10inch Melodiya - 1950年代録音モノラル

(2)ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮
 モスクワ放送交響楽団
10inch Melodiya - 1960年頃録音モノラル

(3)コンスタンティン・イワノフ指揮
 ソビエト国立交響楽団
10inch Melodiya - 1950年代録音モノラル


A300 041
(1CD-R)\1800
ムラヴィンスキー指揮&レニングラード・フィル
 モーツァルト:交響曲第33番変ロ長調kv319*
              第39番変ホ長調kv543
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
10inch Melodiya 1950年* 1947年録音モノラル


A300 042
(1CD-R)\1800
オーレル・ニコレ&ウルスラ・ホリガー
 ハイドン:交響曲第94番ト長調「驚愕」(フィルハーモニア版)
 モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲ハ長調kv299
 イーボ・イラーセク:モーツァルティアーナ(モーツァルトの旋律が?)
(フルート) オーレル・ニコレ
(ハープ) ウルスラ・ホリガー
プラハ室内管弦楽団 指揮者なし
Private tape
スメタナでのライヴ録音ステレオ拍手入

商品ジャケット裏にて録音日時を明記しています。

A300 043
(1CD-R)\1800
ガウク指揮&ソビエト国立響
 ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調op.27
アレクサンドル・ガウク指揮 ソビエト国立交響楽団
12inch Parlophon PMA1038 - 1951年頃モノラル


A300 044
(1CD-R)\1800
ザンデルリンク指揮/ナイデノフ指揮&レニングラード・フィル
 (1)ラフマニノフ:交響曲第1番ニ短調op.13
 (2)ワーグナー:楽劇「さまよえるオランダ人」序曲
(1)
クルト・ザンデルリンク指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya MK1525 - 1951年頃録音モノラル
(2)
アッセン・ナイデノフ指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya 1950年代モノラル

アッセン・ナイデノフは1899年生まれのブルガリアの指揮者。
モーツァルト、ムソルグスキー、ヴェルディのオペラを専門としていた。



A300 045
(2CD-R)\2900
(ピアノ) タチアナ・ニコラーエワ/アノーソフ指揮&ソビエト国立響
 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番ト長調op.44*
 ビゼー作曲「アルルの女」第1組曲 第2組曲
(ピアノ) タチアナ・ニコラーエワ
ニコライ・アノーソフ指揮
 ソビエト国立交響楽団*
 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya 1951年録音モノラル* 1960年代録音ステレオ


A300 046
(2CD-R)\2900
ミルチャ・バサラブ指揮&ジョルジェ・エネスク・フィル
 チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調op.36
                 第6番ロ短調op.74「悲愴」
 ボッケリーニ:チェロ協奏曲変ロ長調G482
(チェロ) ラドゥ・アルドゥレスク
ミルチャ・バサラブ指揮 
ジョルジェ・エネスク・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Electrecord 1950年代後期録音 モノラル
ミルチャ・バサラブ。ルーマニアの隠れた巨匠。確かに少し異郷っぽい、中央とは違う感性でゆったり大胆に聴かせてくれる。

  ミルチャ・バサラブ(1921年5月4日 - 1995年5月29日)は、ルーマニアの指揮者、作曲家。
1921年にブカレストで生まれ、1940年から1948年までブカレスト音楽院でミハイル・ジョラに作曲、ジョルジュ・ブレアズルに音楽理論などを学んだ。
 また、ブカレスト経済研究アカデミーも1945年に卒業している。
 1940年代後半から作曲活動を始め、1951年からブカレスト音楽院の講師となり、1953年には指揮者として活動を開始。1964年から1986年の引退までジョルジェ・エネスク・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務めた。
 ルーマニア国内では労働勲章や文化勲章など数々の栄誉を受け、国家名誉芸術家や国家賞も授与された。1995年、ブカレストで死去。



A300 047
(2CD-R)\2900
ムラヴィンスキー指揮&レニングラード・フィル
 ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調op.72
 プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」組曲第2番
 チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」~3つの情景、花のワルツ、雪片ワルツ
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya 1958年1952年1948年録音 モノラル
A300 048
(1CD-R)\1800
ヤーノシュ・シャーンドル指揮&ロジェストヴェンスキー指揮

(1)ヨハン・シュトラウス、ほか:
   ワルツ「春の声」、ポルカ・シュネル「ハンガリー万歳」、ピツィカート・ポルカ
   チック・タック・ポルカ、ラデツキー行進曲

(2)「ロジェストヴェンスキー指揮のワルツ&メドレー」ライヴ録音集
  グリンカ作品メドレー他
  E.シュトラウス:ポルカ「ヘクトグラフ」op.186 ワルツ「購読者」op.117
  ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」op.235
  ヨハン・シュトラウス:ラデツキー行進曲
(1)ヤーノシュ・シャーンドル指揮 
ジェール・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Hungaroton 1960年代録音ステレオ

(2)
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮
ソビエト国立交響楽団
Praivate tape ライヴ録音モノラル拍手入 
(録音データは商品ジャケットにて掲載しています)

 ヤーノシュ・シャーンドル(1933年6月7日 - 2010年5月14日)は、ハンガリーの指揮者。ブダペストの生まれ。
 ハンガリー音楽専門学校在学中の1958年にブザンソン国際指揮者コンクールで3位を獲得。
 1961年から1975年までジェール・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者ととペーチ歌劇場の音楽監督を歴任し、1975年からブダペスト国立歌劇場の指揮者に転出した。
 1986年からはブダペスト映画演劇アカデミーの音楽部長を務めた。
 1991年からカナダに移り、ビクトリア交響楽団やCBCバンクーバー管弦楽団、エドモントン交響楽団などに客演。
 1996年から没年までグレーター・ビクトリア青年管弦楽団の音楽監督を務めた。
 2010年ビクトリアにて没。




A300 049
(1CD-R)\1800
ニコライ・ゴロヴァノフ指揮
 ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調op.21
 ワーグナー:ジークフリート牧歌*
ニコライ・ゴロヴァノフ指揮
ソビエト国立交響楽団
モスクワ放送交響楽団*

12inch Melodiya
1949年、1950年代初期(*)録音 モノラル

A300 050
(1CD-R)\1800
カルル・エリアスベルク指揮&レニングラード・フィル
 ブラームス:交響曲第3番ヘ長調op.90
             第4番ホ短調op.98*
カルル・エリアスベルク指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya
1951年3月5日ライヴ録音 モノラル 
1960年5月9日戦勝15周年記念コンサートライヴ録音 モノラル 拍手入*



 1907年、ロシア帝国領ミンスクで生まれた指揮者カール・イリイチ・エリアスベルク。
 ハリコフ音楽院でヨアヒム・ゴルトベルクにヴァイオリンを学び、レニングラード音楽院のヴァイオリン科に進学して1929年に卒業した。
 卒業後から1931年までレニングラードのコミック劇場で働いた後、1932年からレニングラード放送交響楽団の指揮者陣に加わり、1937年から1950年までそこの首席指揮者として活躍した。第二次世界大戦中は、1942年のレニングラード包囲戦の最中にドミトリー・ショスタコーヴィチの交響曲第7番を演奏している。
 1944年には、その功績からソ連政府から功労芸術家の称号を贈られた。レニングラード放送交響楽団の職を辞してからはフリーランスの立場で演奏活動を続けた。
 1978年、レニングラードで死去。
A300-051
(1CD-R)\1800
ユーリ・シモノフのブラームス交響曲第3番
 ブラームス:悲劇的序曲op.81
        交響曲第3番ヘ長調op.90
 ブルッフ:スコットランド幻想曲op.46
(ヴァイオリン) ヴィルモーシュ・サバディ
ユーリ・シモノフ指揮
 ハンガリー国立交響楽団
Private tape
ハンガリーライヴ録音ステレオ拍手入


詳しい録音データは商品ジャケットにて掲載しています。

A300-052
(1CD-R)\1800
アルヴィド・ヤンソンスの幻想(1971年)
(1)ベルリオーズ:幻想交響曲
(2)プロコフィエフ:古典交響曲

(1)アルヴィド・ヤンソンス指揮
 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya c-755
 - 1971年4月12日レニングラードライヴ録音ステレオ

(2)アレクサンドル・ラザレフ指揮
 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
Private tape ベルリンライヴ録音ステレオ


詳しい録音データは商品ジャケットにて掲載しています。

A300-053
(1CD-R)\1800
ブダペスト交響楽団によるレアな音源
 (1)ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調op.95「新世界より」
 (2)エルネスト・ドホナーニ:組曲嬰ハ短調op.19
(1)ヨセフ・モルナール(Imre Joseph Molnar)指揮
 ブダペスト交響楽団
12inch SAGA FDY2009
1950年代後期録音モノラル

(2)タマーシュ・パール指揮
 ブタペスト交響楽団
Private tape ハ
ンガリーライヴ録音ステレオ

「新世界」を指揮するImre Joseph Molnarについては全く情報がない。

タマーシュ・パール(1937年生まれ)はハンガリー出身の指揮者。
1965年にリスト・フェレンツ音楽専門学校を卒業し、在学中からハンガリー国立歌劇場で活動。
1964年にモーツァルト《後宮からの誘拐》で指揮者デビューし、同歌劇場に1975年まで在籍。以降、セゲド国立歌劇場やセゲド交響楽団、ソンバトヘイ交響楽団などの音楽監督や指揮者を歴任。
教育者としてもリスト・フェレンツ音楽大学やセゲド大学で教鞭を執った。



詳しい録音データは商品ジャケットにて掲載しています

A300-054
(1CD-R)\1800
ラースローとアンセルメのバルトーク
 (1)バルトーク:管弦楽のための協奏曲
 (2)バルトーク:チェレスタと打楽器、弦楽のための協奏曲
(1)ジョモギー・ラースロー指揮
 ハンガリー放送交響楽団
12inch Hungarton HLPX123
1950年代後期録音モノラル

(2)エルネスト・アンセルメ指揮
 ハンガリー国立交響楽団
Private tape
1961年ハンガリーライヴ録音モノラル拍手入

ショモギー・ラースローは、1907年、ブダペスト生まれのハンガリー出身の指揮者。フランツ・リスト音楽院で、ヴェイネルとコダーイに師事。1935年にブリュッセルに行き、ヘルマン・シェルヘンの薫陶も受けた。
1943年からブダペスト交響楽団の設立に関わり、1945年にはハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者の座をフェレンツ・フリッチャイと共に務めた。
その後、1950年にブダペスト交響楽団の首席指揮者に就任。ハンガリー動乱の際にアメリカに亡命し、1964年から1968年までロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めた。
1988年、ジュネーヴで没。


A300-055
(1CD-R)\1800
ノイマンのきわめて珍しいチャイコフスキーの交響曲
 スメタナ:歌劇「リブシェ」序曲
 チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調op.64
ヴァーツラフ・ノイマン指揮 
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

Private tape
「ルツェルン音楽週間」よりライヴ録音
ステレオ拍手入

ノイマンのきわめて珍しいチャイコフスキーの交響曲。

詳しい録音データは商品ジャケットにて掲載しています。

A300-056
(1CD-R)\1800
チャイコフスキー・コンクール第3位、エネスク・コンクール優勝、ロン=ティボー・コンクール第2位
 ルーマニアの名匠ステファン・ルーハ

  (1)ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.77
  (2)チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
(1)
(ヴァイオリン) ステファン・ルーハ
ロリン・マゼール指揮 
ルーマニア放送交響楽団
12inch Electrecord 1961年9月11日ルーマニア・ライヴ録音 モノラル拍手入
(2)
(ヴァイオリン) ステファン・ルーハ
ミルチャ・バサラブ指揮 
ルーマニア放送交響楽団
10inch Electrecord ECD50 - 1950年代後期録音 モノラル

シュテファン・ルーハ(1931年8月17日 - 2004年9月28日)は、ルーマニア出身のヴァイオリン奏者。

幼少時よりヴァイオリンをはじめ、クルジュ音楽院でフェレンツ・バローグに師事。
1949年にクルジュのロマーニャ歌劇場の団員となり、1958年にコンサートマスターに昇格している。
この年にチャイコフスキー国際コンクールに出場し、ヴァイオリン部門で第3位入賞、同じ年にブカレストのジョルジュ・エネスク国際コンクールのヴァイオリン部門で優勝、1959年にはロン=ティボー国際コンクールのヴァイオリン部門第2位を獲得した。
1963年から亡くなる前年まで母校で後進の指導に当たり、1964年には自分で弦楽四重奏団を結成している。
1984年にはルーマニア政府より芸術功労賞、1968年には文化勲章、2001年には優秀芸術家の称号をもらっている。



A300-057
(1CD-R)\1800
ムラヴィンスキー、1961年2月9日レニングラード・ライヴ
 プロコフィエフ:交響曲第6番変ホ短調op.111
 チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調op.64
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
Private tape - 1961年2月9日レニングラード・ライヴ録音 モノラル拍手入


A300-058
(1CD-R)\1800
ポーランドが誇るヴァイオリニスト、クシシュトフ・ヤコヴィチ
モーツァルト:
 ヴァイオリン協奏曲
  第3番ト長調kv.216
  第5番イ長調kv.219「トルコ風」
(ヴァイオリン) クシシュトフ・ヤコヴィチ
カロル・テウチ指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー室内管弦楽団
12inch Muza SXL0694 - 1960年頃録音 ステレオ

クシシュトフ・ヤコヴィチはショパン音楽大学の名誉教授であり、日本の相愛大学の客員教授も務めるポーランドが誇るヴァイオリニスト。DUXからも多くのアルバムが出ている。



A300-059
(1CD-R)\1800
チェコの指揮者
 フランティシュク・ヴァイナルとイルジー・ビエロフラーヴェク

 (1)ブラームス:交響曲第1番ハ短調op.68
 (2)ムソルグスキー作曲(R.コルサコフ編) 禿山の一夜(アイネム改訂版)
(1)
フランティシュク・ヴァイナル指揮
 チェコスロヴァキア放送交響楽団
Private tape  スメタナホールでのライヴ録音、ステレオ拍手入

録音データは商品ジャケットにて掲載しています。

(2)
イルジー・ビエロフラーヴェク指揮
 プラハ交響楽団
Private tape  フィラッハでのライヴ録音、ステレオ拍手入

録音データは商品ジャケットにて掲載しています。


 フランチシェク・ヴァイナル(1930年9月15日 - 2012年12月9日)は、チェコ出身のヴァイオリニスト、指揮者。

 1945年から1952年にかけてプラハ音楽院でカレル・シュネベルガー教授およびアロイス・クリマに師事し、研鑽を積み、その後、プラハ国立劇場のオーケストラに加わり、演奏活動を開始。
 オストラヴァやウースティー・ナド・ラベムのオペラで指揮者を務めたのち、1974年からはプラハ国立劇場オペラ部門の指揮者となり、1979年にはプラハ放送交響楽団の首席指揮者に就任。
 1981年から1983年にかけてはスウェーデン・オレブロの室内交響楽団でカペルマイスターを務め、1982年にはチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者にも就任。1987年から1990年にはプラハ国立劇場オペラおよび国立オペラの首席指揮者として活躍した。さらに、1991年から2001年までフラデツ・クラーロヴェー・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めた。
 海外でも積極的に活動し、1981年にはシドニー・オペラハウスでスメタナの「売られた花嫁」、1994年にはドヴォルザークの「ルサルカ」を上演。また、1989年にはアイルランド・ウェックスフォードのオペラ・フェスティバルでプロコフィエフの「修道院での婚約」を指揮するなど、国際的な舞台でも高い評価を受けた。
 録音活動も非常に精力的で、スープラフォン、パントン、EMI、ブルーベル・レコード、ナクソスといったレーベルで100点以上の交響曲録音を残している。




A300-060
(2CD-R)
\2900
ウラディーミル・ヴァーレク指揮
 スメタナ:「我が祖国」よりモルダウ
 ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調op.88 第6番ニ長調op.60*
ウラディーミル・ヴァーレク指揮
 チェコスロヴァキア放送交響楽団
 プラハ交響楽団*
Private tape  プラハとモントルーでのライヴ録音、ステレオ拍手入

 ヴラディミール・ヴァーレク(1935年9月2日 - 2025年2月16日)は、チェコ出身の指揮者。
 ブラティスラヴァの音楽大学で指揮法をルドヴィートライテルに師事。さらに1959年からプラハ芸術音楽アカデミーでアロイス・クリーマとロベルト・ブロックの元で研鑚を積む。
 1970年にはドヴォルザーク室内管弦楽団を創設し、1985年から2011年までの25年以上にわたり、プラハ放送交響楽団の首席指揮者を務めた。
 西欧やアメリカ、日本や東南アジアにも演奏旅行し、好評を得た。日本では、2004年から2008年にかけて大阪シンフォニカー交響楽団(現・大阪交響楽団)の首席客演指揮者を務めたほか、日本フィルハーモニー交響楽団や読売日本交響楽団にも客演している。2008年にはプラハ放送交響楽団とともに来日し、スメタナの「わが祖国」全曲演奏などを披露した。
 1996年からチェコ・フィル常任指揮者に就任した。
 2004年から2007年にはスロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者も務めたが、この時期は前任のイルジー・ビエロフラーヴェクが芸術監督、さらに前々任のオンドレイ・レナールトも音楽監督として在任するという、珍しい体制が敷かれていた。

 2025年2月16日、89歳で逝去。



A300-061
(1CD-R)\1800
(ヴァイオリン) ローザ・ファイン
 モーツァルト:
  ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調Kv.218
  ロンドハ長調Kv.373*
 ペルゴレージ:ヴァイオリン協奏曲変ロ長調
(ヴァイオリン) ローザ・ファイン
ダヴィッド・オイストラフ指揮 
イーゴリ・オイストラフ指揮*
モスクワ国立フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya D024847 -
1960年代ステレオ録音

 1929年生まれ、ソビエトの女流ヴァイオリニスト、ローザ・ファイン。
 ダヴィド・オイストラフの弟子であり、1957年第3回ヴィエニャフスキー・コンクール優勝。
 現在ではほとんど知る人はいないが、メロディアにはモーツァルトやヴィエニアフスキの協奏曲を残していた。小品も少なからず残っている。




(アリア・レーベル84弾)がミシェル・ブシノー&ローザ・ファインの3枚組です。よろしければこちらをどうぞ。
shopping.php?pg=label/aria81

A300-062
(1CD-R)\1800
(ヴァイオリン) ガリーナ・バリノワ
 シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調op.47
 グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調op.82*
(ヴァイオリン) ガリーナ・バリノワ
アレクサンダー・オルロフ指揮
 ソビエト全同盟RTV大交響楽団
ニコライ・アノーソフ指揮
 ソビエト国立交響楽団*
12inch Melodiya
1947年 1952年*録音モノラル

 ガリーナ・バリロワ。
 1910年ペテルブルグ生まれの女流ヴァイオリニスト。音楽家の家庭に生まれ、10歳で早くもデビュー。レニングラード音楽院卒業後はパリでティボーに師事した。
 1946年にはレーニン賞、1955年には功労芸術家の称号を得たソビエトを代表する女流ヴァイオリニスト。
 
 ・・・そのCDは極めて少ない。しかしその伝説的演奏は今に至るも語り継がれている。


A300-063
(1CD-R)\1800
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮&チェコ・フィル
 ドヴォルザーク:スラヴ舞曲op.46&op.72 (全曲)
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮 
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
Private tape
プラハ・ライヴ録音ステレオ拍手入
録音日時は商品ジャケットにて掲載しています。
A300-064
(1CD-R)\1800
アレクサンドル・ガウク指揮&モスクワ放送響
 チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調op.36
 J.S バッハ:管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067*
(フルート) アレクサンドル・コルネーエフ*
アレクサンドル・ガウク指揮 
モスクワ放送交響楽団
12inch Melodiya D01171 &D06103 -
1950年代録音モノラル

 アレクサンドル・ガウクは、ロシア出身の著名な指揮者です。1893年8月15日、当時ロシア帝国領だったウクライナのオデッサに生まれました。1930年から1934年にかけて、レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務め、1931年には同楽団を指揮してショスタコーヴィチの交響曲第3番の世界初演を成功させました。
 1943年には、モスクワ音楽院のアーカイブに残されていたオーケストラパートをもとに、ラフマニノフが破棄した最初の交響曲を復元するという偉業も成し遂げています。さらに1946年には、モスクワにてハチャトゥリアンのチェロ協奏曲の世界初演を指揮しました。
 ガウクはアレンスキー、プロコフィエフ、ハチャトゥリアン、ショスタコーヴィチなどの作品の録音も残しており、その功績は高く評価されています。また、エドゥアルト・グリクーロフ、エフゲニー・ムラヴィンスキー、イリヤ・ムーシン、エフゲニー・スヴェトラーノフといった、後に名指揮者となる多くの弟子を育てました。
 彼は1963年3月30日にその生涯を閉じました。


A300-065
(1CD-R)\1800
ウィリー・フェレーロ指揮&ソビエト国立響
 ロッシーニ:歌劇「ブルスキーノ氏」序曲
 ブラームス:交響曲第4番ホ短調op.98
 R.シュトラウス:サロメ - 7つのヴェールの踊り
ウィリー・フェレーロ指揮 
ソビエト国立交響楽団
Private tape 1951年ロシア・
ライヴ録音モノラル拍手入

ウィリー・フェレロ(Willy Ferrero、1906年3月21日 - 1954年3月24日)は、アメリカ合衆国出身で、主にヨーロッパやロシアで活躍した指揮者。

メイン州ポートランドのイタリア人の両親の元に生まれる。
2歳でイタリアに移住し、3歳8カ月でパリのトロカデロに於いてオーケストラを指揮してジュール・マスネを驚嘆させたといわれる。
4歳でフォリー・ベルジェールのオーケストラ、6歳でコスタンツィ劇場のコンサートを指揮。7歳の時にはロシア皇帝ニコライ2世の招きでサンクトペテルブルクに演奏旅行に行って聖スタニスラウス勲章を授与されたり、ローマ教皇ピウス10世に謁見したりしている。
1914年にはロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでアレクサンドラ王妃列席の下イギリス・デビューを飾り、1917年にはローマ教皇ベネディクトゥス15世に謁見した。
その後ウィーン音楽院でマックス・スプリンガーに師事。
1924年に卒業後はミラノやローマを中心に音楽活動を続け、指揮者として世界各地のオーケストラに客演する傍らで、ルキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』の映画音楽の作曲やヴィットリオ・デ・シーカの『自転車泥棒』の映画音楽の指揮、オーソン・ウェルズの『オテロ』の音楽ディレクターなどを務めた。


A300-066
(1CD-R)\1800
ホーレンシュタインのチャイコフスキー5番
 (1)チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調op.64
 (2)リスト:ハンガリー狂詩曲第3番ニ長調 第4番ニ短調
(1)
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮
 フィルハーモニア・フンガリカ
Private tape 1968年8月29日 スイス 「シオン音楽祭」より ライヴ録音モノラル拍手入

(2)
クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮
 フィルハーモニア・フンガリカ
12inch Hungaroton 1960年頃録音モノラル


A300-067
(1CD-R)\1800
ドイツの知られざる重鎮、
 ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮の「新世界」

 (1)ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調op.95「新世界より」
 (2)ドヴォルザーク:スラブ舞曲第1,4,8番
 (3)リスト:ハンガリー狂詩曲第1番ヘ短調

(1)
ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮
 フィルハーモニア・フンガリカ
12inch ORYX EXP45 - 1969年9月 ハイデルベルク録音ステレオ

(2)
クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮
 フィルハーモニア・フンガリカ
12inch Hungaroton 1960年頃録音モノラル

(3)
エルンスト・フォン・ドホナーニ指揮
 ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団
78rpm 1944年録音モノラル

ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト(Werner Andreas Albert, 1935年1月10日 - 2019年11月10日)は、ドイツ出身の著名な指揮者。
ヴァインハイムに生まれ、ハイデルベルク大学で音楽学を学ぶ傍ら、ヘルベルト・フォン・カラヤンやハンス・ロスバウトに師事して指揮法を修得。
1961年にはハイデルベルク室内管弦楽団を指揮してデビューを果たし、その後、1963年に北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任します。
1971年にはグルベンキアン管弦楽団、1974年から1980年まではニュルンベルク交響楽団の首席指揮者を歴任。さらに、1983年から1990年まではクイーンズランド交響楽団の首席指揮者を務め、1993年にはクイーンズランド・フィルハーモニー管弦楽団の顧問、1995年から1998年までは同楽団の首席指揮者を務めました。
それらの功績が認められ、1998年にはバイエルン芸術アカデミーよりフリードリヒ・バウアー賞を受賞しています。


A300-068
(1CD-R)\1800
レオポルド・ストコフスキー指揮
 (1)チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調op.74「悲愴」
 (2)ラヴェル:スペイン狂詩曲
(1)
レオポルド・ストコフスキー指揮
 ソビエト国立放送交響楽団
Private tape 1958年6月17日モスクワ・ライヴ録音モノラル拍手入

(2)
レオポルド・ストコフスキー指揮
 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
Private tape 1959年6月1日ライヴ録音モノラル拍手入

ストコフスキーが1958年にモスクワで行ったライヴから。
A300-070
(1CD-R)\1800
コンスタンティン・イワノフ指揮
 (1)ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調op.92
 (2)チャイコフスキー:序曲「1812年」(V.シェバリーン編)
(1)
コンスタンティン・イワノフ指揮
 ソビエト国立文化省交響楽団
Private tape 1963年 モスクワ・ライヴ録音モノラル拍手入

(2)
コンスタンティン・イワノフ指揮
 ソビエト国立交響楽団
Private tape 1960年頃 モスクワ・ライヴ録音モノラル拍手入



 コンスタンティン・イワノフは1907年生まれの指揮者。
 貧しい家庭で育つも若くして頭角をあらわし、1938年には第1回全ソヴィエト指揮者コンクールでムラヴィンスキーと第1位を争って注目され、1941年にはモスクワ放送響指揮者となり、1946年にはガウク、ラフリンに続くソビエト国立交響楽団の首席指揮者として活躍、その演奏水準を飛躍的に高めたことで知られる。まさにムラヴィンスキーと並んでソヴィエトの一時代を築いた大指揮者といっていい。
 ただその輝かしい活躍とは裏腹に、現在入手できる音盤は限られている。今回はベートーヴェンの7番のライヴ音源。

A300-071
(1CD-R)\1800
(ヴァイオリン) ガリーナ・バリノワ

(1)
 J.S.バッハ:ソナタイ長調BWV1015 & ト長調BWV1021
       2つのヴァイオリンのためのソナタ二短調BWV1036*

(2)
 ドヴォルザーク:スラブ舞曲op.46-2
 チャイコフスキー:メロディー変ホ長調
 ヴィエ二ャフスキー:マズルカop.12

(3)
 ミェチスワフ・カルウォ―ヴィチ:ヴァイオリン協奏曲イ長調op.8
(1)
(ピアノ) スヴェトスラフ・リヒテル 
(チェロ) ロストロポーヴィチ 
(ピアノ) ロスティスラフ・ドゥビンスキー* ほか
78rpm&10inch Melodiya 1950年前後録音モノラル

(2)
(ピアノ) A.Dedyukhin
78rpm Melodiya 1950年前後録音モノラル

(3)
キリル・コンドラシン指揮 ソビエト国立交響楽団
12inch Colosseum CRLP190 - 1950年前後録音モノラル

全て(ヴァイオリン) ガリーナ・バリノワ


A300-072
(1CD-R)
\1800
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮
 J.シュトラウス作品集


(1)トリッチ・トラッチ・ポルカ
  ワルツ「ウィーン気質」
  皇帝円舞曲 
  常動曲
  ワルツ「芸術家の生活」
  ワルツ「美しく青きドナウ」

(2)ワルツ「ウィーンの森の物語」op.325*
 喜歌劇「こうもり」より第1幕のワルツ

(1)
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮
 モスクワ放送交響楽団
12inch Melodiya 0879 - 1960年代初期録音ステレオ

(2)
サムイル・サモスード指揮
 ソビエト放送交響楽団
12inch Melodiya 1953年録音モノラル*
& private tape 1953年ライヴ録音モノラル拍手入


A300-073
(1CD-R)
\1800
コンスタンティン・イワノフ指揮
 (1)リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェへラザード」
 (2)グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
(1)
(ヴァイオリン・ソロ) ヴァレンティン・ジューク
コンスタンティン・イワノフ指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
12inch Melodiya 1978年3月16日ライヴ録音ステレオ拍手入

(2)
コンスタンティン・イワノフ指揮 ユース交響楽団(ロシア)
private tape 1960年代ライヴ録音モノラル拍手入


A300-074
(1CD-R)
\1800
アレクサンドル・ガウク指揮
 ベートーヴェン:交響曲第9番二短調「合唱付き」(ロシア語)

(S) ガリーナ・ヴィシネフスカヤ
(Ms) ニーナ・ポスタヴ二チェワ
(T) ウラディーミル・イワノフスキー
(B) イワン・ぺトロフ
アレクサンドル・ガウク指揮 
ソビエト国立放送交響楽団 & ソビエト国立合唱団
12inch Melodiya 1952年録音モノラル


A300-075
(1CD-R)
\1800
ジョルジュ・エネスク指揮
(1)
 チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調op.36
 エネスク:ルーマニア狂詩曲第1番イ長調op.11-1
(2)
 エネスク:ルーマニア狂詩曲第2番ニ長調op.11-2

(1)
ジョルジュ・エネスク指揮 ソビエト国立交響楽団
private tape 1946年4月21日チャイコフスキー・ザールライヴ録音モノラル拍手入

(2)
ジョルジュ・エネスク指揮 コンセール・コロンヌ管弦楽団
10inch concerteum TCR269 - 1950年頃録音モノラル


A300-076
(1CD-R)
\1800

アントン・ナヌート、序曲集ライヴ
マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲
ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」序曲
        歌劇「運命の力」序曲
         歌劇「アイーダ」第2幕より凱旋行進曲とバレエ音楽
        歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲
アントン・ナヌート指揮 
リュブリャーナ・ユーゴスラビア放送管弦楽団

Private tape フィラッハ・ライヴ録音
ステレオ 拍手入

詳しい録音内容は商品ジャケットにて表示しています。
モーツァルト:序曲Kv.318
ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲
ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
ゲーザ・オーベルフランク指揮 
ハンガリー国立管弦楽団

Private tape ハンガリー・ライヴ録音
ステレオ 拍手入

詳しい録音内容は商品ジャケットにて表示しています。







後半の指揮はゲーザ・オーベルフランク(1936年1月26日-2015年1月12日)は。
ハンガリー出身の指揮者。1961年にリスト・フェレンツ音楽院を卒業後、ハンガリー国立歌劇場で長く活動し、ベルリンのコーミッシェ・オーパーで首席音楽監督やアシスタントも務めた。その後、ブダペストMAV交響楽団やブダペスト・オペレッタ劇場、セゲド交響楽団などで指揮者や芸術監督を歴任。1989年からはブダペスト歌劇場の音楽監督となり、2010年まで同劇場のスタジオも指揮。
ヨーロッパ各国や北米でも演奏し、多くの録音を残していて、オペラ演出や文学翻訳にも携わっている。
フランツ・リスト賞(1970年)、アーティスト・オブ・メリット(1982年)、優秀アーティスト賞(1988年)、ハンガリー共和国功労勲章中十字章(1998年)、受賞。
A300-077
(1CD-R)
\1800
コンドラシン指揮&ソビエト国立響
 (1)ラロ:スペイン交響曲op.21
 (2)チャイコフスキー:弦楽セレナーデハ長調op.48
キリル・コンドラシン指揮
ソビエト国立交響楽団
(1)(ヴァイオリン) レオニード・コーガン
 Private Tape 1959年10月21日モスクワ・ライヴ録音
 モノラル拍手入
(2)10inch Melodiya 1960年頃録音ステレオ


A300-078
(1CD-R)
\1800
(ピアノ) ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ
 (1)モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調kv.488
 (2)ショパン:ポロネーズ(4曲)
         ニ短調op.71-1 変ロ長調op.71-2
         嬰ハ短調op.26-1 変ホ短調op.26-2「革命」
(ピアノ) ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ

(1)カレル・アンチェル指揮
 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
 10inch Suprahon 1952年録音モノラル
(2)12inch Muza 1950年代後期録音モノラル


A300-079
(1CD-R)
\1800
チェコスロバキア放送交響楽団
 (1)パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調op.6
 (2)エネスコ:交響曲第1番変ホ長調op.13
(1)(ヴァイオリン) ユージン・フォドア
 アラン・ロンバール指揮
 チェコスロバキア放送交響楽団

(2)ミハイ・ブレディチェアヌ指揮
 チェコスロバキア放送交響楽団

Private tape 「プラハの春」音楽祭よりライヴ録音
ステレオ 拍手入

詳しい録音内容は商品ジャケットにて表示しています。



ユージン・フォドア(1950年3月5日 - 2011年2月26日)は、アメリカのヴァイオリニスト。
1950年、コロラド州デンバーで生まれた。
5歳のころからハロルド・ウィップラーにヴァイオリンを師事し、10歳の時にブルッフのヴァイオリン協奏曲をデンバー交響楽団と共演してデビューを果たした。
その後、ジュリアード音楽院でイヴァン・ガラミアンとドロシー・ディレイに学び、インディアナ大学でジョーゼフ・ギンゴールドの薫陶を受け、南カリフォルニア大学のヤッシャ・ハイフェッツの下で研鑽を積んだ。
1972年のパガニーニ国際コンクールで優勝し、1974年のチャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門で第2位(第1位なし)を獲得して脚光を浴びた。
1989年に麻薬使用の疑いで逮捕され、その後のヴァイオリニストとしての活動は低迷。2011年2月26日、バージニア州アーリントン郡の自宅で死去。60歳没。
A300-080
(1CD-R)
\1800
2人の女流ピアニスト
 ドゥブラフカ・ヨヴィチッチ、シンシア・レイム

 (1)サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番ト短調
 (2)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調
(1)(ピアノ) ドゥブラフカ・ヨヴィチッチ
 アントン・コラール指揮 
 ベオグラード・フィルハーモニー管弦楽団
 Private tape リスト音楽アカデミーでのライヴ録音
 ステレオ 拍手入

(2)(ピアノ) シンシア・レイム
 ルネ・クロプフェンシュタイン指揮 プラハ交響楽団
 Private tape 「モントルー・ブベイ音楽祭」よりライヴ録音
 ステレオ 拍手入



ドゥブラフカ・ヨヴィチッチ、ユーゴの女流ピアニスト。当時24歳。
現在セルビア、ベオグラード芸術大学音楽学部ピアノ科教授。




デトロイト出身のシンシア・ライムは、ルドルフ・ゼルキンとミエチスワフ・ホルショフスキに師事した後、クララ・ハスキル国際ピアノコンクール第1位、プロ・ムジシス賞、J.S.バッハ国際ピアノコンクール第1位、スリー・リバーズ全国ピアノコンクール第1位、フィラデルフィア音楽基金協会第1回ディスティングイッシュト・アーティスト・アワード(傑出した業績と芸術的功績に贈られる)などを受賞した。




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